落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

05

「つ、詰んだ…………」
「ミューってば何やってるのよ」

 あの後、アロイス様に研究棟に下がるように言われ、私はイリスの研究室にやって来た。魔術師団長からは「お前の処遇は魔法省でしっかりと協議するからな」と去り際に言われてしまった。 

「く、クビかな……?!」

 自分の机に突っ伏していた私は顔を上げ、情けない顔でイリスを見た。

「婚約破棄されて、その上魔法省をクビなんてウケる」
「イリス〜〜」

 辛辣なイリスの言葉に本当に泣きそうになる。

「冗談よ。ミューには私の研究も助けてもらってるんだから、いざとなったらブロワ家とグレイんとこも使って根回しして、私の研究室で雇ってあげるから」
「イ、イリス〜」

 パチン、とウインクしてみせた親友に両手を組んで私は縋る。

「でも、何で第二王子殿下が魔法省なんて来てたの? 視察?」

 あのイケメンが王子様だったことは未だに信じられない。王族といえば、金色の髪が特徴的だからだ。

「私は、あんたが殿下と顔見知りだったことが驚きよ」

 イリスは呆れた顔でこちらを見た。

「いや、だって城下町の飲み屋に、しかも騎士団に王族なんて普通いる?!」

 魔術師団長は、あいつが騎士団に出入りしている、と言っていた。

「アドリア殿下は、夜な夜な遊び歩く不良王子、って社交界ではもっぱらの噂よ」
「不良〜? アイツが?」

 イリスの説明に、私は手をパタパタしながら笑った。

 確かに飲み屋にいたけど、隊長さんやあの人懐っこい青年からは慕われているように見えた。『仲間』という空間が、あそこにはあった。

「殿下と随分仲良くなったのね?」
「は?!」

 イリスが目をパチクリさせて驚いたので、私も思わず目を見開いた。

「だって、殿下が不良だって噂をすぐに否定したから」
「仲良くは無いわよ! あんな失礼な奴! ただ、騎士団の人もアイツのこと大切にしてたみたいだから、不良っていうのは違うかな、って」

 私は慌ててイリスに説明した。あんな奴とは断じて仲良くなってないのだ。

 そんな私にイリスは、ふふ、と笑って続けた。

普通(・・)は、それが不良、って貴族の間では言われるのよ。やっぱりミュー、好きだわ」
「な、何? 突然! 私もイリスのこと好きだよ?」
「ふふふ」

 イリスは満足気に笑っている。イリスも、私と同じく騎士団に敬意を払っている。

 魔法騎士団や貴族の中にもそういう人は増えて来たけど、まだまだだってことをイリスは言っているのだろう。

「ねえ、何であいつの髪、黒いの?」
「ミューってば、本当に何も知らないのね」

 イリスは驚いていたが、昔は勉強ばかり、今はシルヴァラン伯爵家で空気の私には、社交に出ることもなく、王族や貴族の情報は入ってこないのだ。

「殿下は生まれつき魔力量が多くてね、成人になる18歳まで魔力を抑えられているの。彼には髪を染める魔法具と(まじな)いが施してあってね、それでも溢れ出る魔力には驚かされるわ」
「ふうん」

 王族は元々魔力を多く持って生まれるという。羨ましいことだ、と私は肩肘をつきながら聞いていた。

「第二王子である殿下は、成人と共に、魔法騎士団への入団と副団長就任が決まっているのよ」
「アイツが副団長?!」

 イリスの言葉に、私は驚いて顔を上げる。

(アイツが……副団長……想像つかんわ)

 驚く私にイリスが続ける。

「でも、殿下は騎士団に入り浸るようになった。それを問題視する貴族たちの声が大きくなったの。それで、元々魔力のコントロールを学ぶために通っていた魔法学校を辞めて、魔法省直々に預かることになったのよ」
「だからトップの二人がいたのね」

 イリスの説明に私はようやく納得した。でも。

「アイツ、何か昨日より覇気が無かったな――」

 最後のアッカンベーはムカつくくらい元気そうだったけど、魔法省にやって来た彼はまるで人形のように感情が無いように感じた。

「まあ、お父上である国王陛下に反抗は出来ないでしょうからね。兄であるヘンリー第一王子殿下とはよく比べられているから、あんなに性格ねじ曲がっちゃったと思うのよ」
「詳しいのねイリス……」
「腐っても侯爵家令嬢ですから」

 イリスがいたずらっぽく笑って言った。

「私、アドリア殿下はミューと合うと思うのよね」
「はあ?! アイツが私と? ぜんっぜん、一ミリも合わないから!!」
「ふふふ」

 誂うように笑うイリスに、私は断固抗議した。

 昨日見たアイツは、失礼で遠慮のないムカつく奴で。騎士団の人を大切に想っているんだろうな、と垣間見えるその不器用そうな所が少し可愛いと思える男の子だった。

(だ、だからってアイツとは合わないし、そもそも簡単に会える奴じゃなかったわけで!)

 つまらなさそうな、不満そうな今日のアイツの横顔を思い出して、胸がきゅう、となったけど、きっと少しだけ同情しているのだ。

「王子様も大変だ」

 きっともう会うこともないアイツに心の中で「頑張れ」とエールを送った。

 結局、その日は何の沙汰も無く、帰って良いとアロイス様からの言伝てが届いたので帰宅することになった。

 昨日よりも早い帰宅で、まだ外は明るく、城下町で飲む人々もまだらだった。

 あの騎士団の人に会えないかと期待したが、遭遇するはずもなく、私は家まで辿り着いた。

「あらお姉様、お早いお帰りで。お父様とお母様がお待ちですよ?」

 私を待ち構えていたかのように玄関にクリスティーが立っていた。

 二人が私と話すことなんて、ろくなことじゃ無いに違いない。そう思って身構えると、クリスティーに手を取られる。

「お待たせしてはいけませんわ。早く行きましょう?」

 やけに嬉しそうなクリスティーの笑顔に、私は嫌な予感しかしなかった。

 
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