ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


自分が思った以上の力で、つい強く叩き過ぎてしまった彼女の手の平は赤みを帯び痺れてしまっている。
そんな千沙をペットボトルの水を飲みながら、冷ややかな目で見ていた潮は低いトーンで雑に言い放つ。

「何やってるんすか、水口先輩」

「ちょ、あんた……前から言おうと思ってたんだけど、私の方が先輩なんだからね! こういう時はもっと労わりなさいよっ」

「……すみません。俺、正直者なんで」

「ちょっとぉ! それ、どういう意味よ」

「さあ? 面倒くさいので後は自分で考えてください」

「辛辣かよっ!!」

喧嘩するほど仲が良い、とは言うものの、桜葉と千沙への接し方には大層な違いが潮の中で存在する。
だが別に千沙のことが嫌いとかそういう訳ではない、気兼ねなく話しやすい先輩だとは思っているのだ。

ただ以前、千沙と同じようなタイプの女性と付き合ったことがあり、多少なりとも心に傷が残るような別れ方を潮が経験してしまったというだけのこと。
だからと言って、タイプが同じという括りだけで当の千沙には一ミリたりとも関係のない話し──しかし潮にとってはどうしても素直な気持ちになれないでいたのだ。
きっとその時から千沙とはタイプが正反対の、桜葉のような優しい女性に惹かれていったのかもしれない。

「……あ、ごめんなさいっ!
時間もあまりないのにボーとしちゃって」

「ううん、それは別にいいんだけど……さよちゃん何かあった?」

その言葉に桜葉ではなく、俯き加減だった潮の顔が僅かに反応する。

「あーいえ…ちょっと最近、夜更かしばかりしちゃっていて寝不足気味らしく」

ここでも桜葉の気遣う性格が前面に出てしまう。
笑顔でそう返した桜葉は決して寝不足だけが原因ではなかった。
本当の理由は自分でも戸惑ってしまうほど不確かなもの、こんな胸の内なんて親しい千沙にもまだ話せやしない。
ましてや真剣に告白してくれてまだ返事も返せていない潮の前では特にだ。

(── はぁ…院瀬見さんが食堂に来ないから仕事に身が入らない……だなんて情けないこと言えるわけない。
今日は食堂に来るかなってソワソワしたり、来ないとすごく落ち込んだり……こんな落ち着かない気持ちは、あの時以来。
──そう、好きな人が身近に…いた、時…………、え……って…もしか…して、私、院瀬見さんを──)




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