ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





ハスミ不動産の屋上には従業員誰もが休憩できる広いスペースが存在する。
只々、だだっ広いだけの何もない屋上なのだが柵側に沿っていくつかのベンチが設けられ、景色を眺めながら休憩できるようになっている。
もちろん高層ビルなのもあって、人が転落しないよう高い柵はしっかりと設けられている。

何もない屋上ではあるがここは桜葉のお気に入りの場所の一つで、特に用事などがない時は休憩の度にここへやって来てベンチに座り一息ついているのだ。
気に入っている理由はとてもシンプル──このベンチから眺める景色がとても綺麗であるから。

四十階ほどあるこのビルの周りにはそれ以上に高いビルがあまりない。
だから地平線の先まで見渡せ、その見えない先が自分の田舎まで繋がっているかと思うと何だか懐かしい気分に浸ってくるのだ。

──それは、良い思い出も……悪夢のような思い出さえも。


(そう言えば今日、あまり飲み物を口にしていなかったな……)

食堂を出て屋上へと真っ直ぐ向かおうと思っていたが、ふと自分の喉が飲み物を欲していることに気が付いた。
違うことに気を取られてしまうと食べることも飲むことも少しお座なりになってしまうのは桜葉の悪い所。
ましてや顔の火照りはなくならずずっと暑いまま──喉が乾くのも当然である。

食堂を出た所からエレベーターへ向かう途中の場所に二台の自販機が設置されている。
一台はコーヒー専用の自販機でその場で淹れたてのコーヒーを作ってくれるもの、もう一台はどこにでもある一般的な自販機だ。

桜葉はその一般的な自販機の前に立つとどれにしようか陳列された飲み物を一通り凝視してみる。
すると……

「──それ、やばぁ〜……」

なにやら背後のほうから女子社員らしき人達の声が耳に流れてきたのである。

その女子社員達が会話している場所は恐らく給湯室── 桜葉のいる自販機から少しズレた向い側には社員専用の給湯室があるのだ。

まぁ、社員専用とは言うもののほぼ女子社員達の社交の場となってしまっているのだが。
それもその殆どが会社内での噂話……誰と誰が付き合っているだとか、誰が出世しそうだとか誰推しだとか── 一体どこからそんな情報を掴んでくるのかわからないが、しかし大きな会社だからこそ、あらゆるネタは豊富に散らばっているというもの。



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