ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
10.想い想われ嫉妬する *岳*
*
これを返したらもう、終わりにしよう。
そんな自分勝手な考えに至りこの三日間、岳は桜葉と接触することを極力避けてきた。
本当に勝手なことだとはわかっていたが、桜葉に逢えば決心したはずの脆い心がすぐにぐらついてしまいそうで怖かったのだ。
しかし、食事会の時に桜葉から借りたこのハンカチ──最後にこれだけは返さなければと思い、あまり人がいないこの中途半端な夕刻を狙い食堂へとやってきた。
(確か今週は……新メニューの開発で鳴宮さん達は業務後も残ってるって、神谷が言ってたよな)
桜葉に借りたハンカチを手に食堂へとやって来た岳──入口手前で中の様子をコソコソと探るような情けない行動を取っていた時のこと……
「ハァ〜!? あんた、さよちゃんにマジ告白しちゃったのぉ!?」
「ちょ、水口先輩っ! 声デカいっす」
潮にそう指摘され、咄嗟に口を押さえた千沙は辺りをキョロキョロと見渡す。
少なくなったとは言え、食堂にまだ何人か残っている社員達の視線が一斉に千沙達へと集まっていた。
それはもちろん岳も例外ではない。
(……は…?
潮くんが鳴宮さんに……告白?)
「ご、ごめんっ。──で、さよちゃんからの返事は?」
(鳴宮さんの、返事──)
「……まだっすけど、桜葉さんの答えはきっともう…決まってるんだと思います。
それに俺のことで悩んでください──なんて大口叩いちゃったんで…もしかしたら最近桜葉さんが変なのは俺が原因なんじゃないかって」
「おっー潮、あんた結構男らしいこと言うじゃない。……でも、何でもう答えが決まってるって潮にわかるのよ。あんた、もしかして自信ありげ?」
「そういうわけじゃないっすけど、ずっと桜葉さんのこと見てたんで……何となくわかるっす」
(え……それって…もしかしたら鳴宮さんも潮くんのこと──二人は……付き合うっていうことなのか?)
何となく食堂へ入るタイミングを逃してしまった岳は悪いと思いながらも二人の会話を立ち聞きしてしまっている。
「──それより桜葉さんって、今もそうですけど休憩の時はよく屋上へ行きますよね?」
(屋上?…鳴宮さんはここにいないのか…)
「あ〜……何か屋上から景色を眺めていると田舎を思い出すようなこと、言ってたかな?
でも……ん〜、ハッキリと聞いたわけではないけどさよちゃん、田舎で何かあったんじゃないのかしら?」
「どうしてっす?」
「だってさ〜さよちゃん、田舎の話しをする時……ちょっと寂しそうな、辛そうな顔を見せる時があるのよね」
そこまでの会話を盗み聞きしてしまった岳は徐々に罪悪感が膨らんでいき、さすがにこれ以上聞いてはマズイと思ったのか足早にその場を立ち去ろうとする。
(やっぱり…直接渡したい。幸いに今いる場所はわかったし、それに潮くんとは──)
その瞬間、自分の考えを振り払うかのように左手で髪をクシャッと掻き乱す。
(……何考えているんだ、俺は。
鳴宮さんが誰と付き合おうと俺にはもう、関係のないことじゃないか──覚悟を決めたくせに)
岳はこれ以上何も考えないようにと、一目散に屋上へと向かうのであった。