ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
11.蓮見 薫子とのお見合い〈回想〉
ハスミ本社から電車で十分程の距離に、周りと比べ一段と高く聳え立つ高層マンションがある。
まだ完成して二年程しか経っていないそのマンションは外観も内装も今だ綺麗に保たれており、また中庭には緑も多く植えられているため気分的にとても心地良い場所となっている。
もちろん、高層から眺める夜景は圧巻ともいうべきか。
そんな誰もが羨む高層マンションの高層階に院瀬見 岳は住んでいた。
大手企業に勤務し、その中でもエリートで出世頭でもある岳や神谷クラスの給料はすこぶる高い。
そもそもハスミ不動産は、大学生が就職したい企業のトップに常にランクインされている。
理由は単純──他の企業に比べ給料が高いからだ。
だが、そうは言ってもかなりの高給取りになるには成果を出し続けていかなければならない……出せない者はそれなりの給料で満足するしかない。
きっとこのハスミ不動産を選ぶ学生は向上心がとても強い者が多いのだろう。
そんな岳が桜葉に直接と思いながらも結局会話もせずハンカチだけを置いて逃げ帰ってきてしまった、その日の夜──
「……はぁ…」
家のソファーで一人、ワインを飲みながら溜め息を漏らす岳。
家に帰ってきてから幾度となくこの重苦しい溜め息を吐き続けている。
(…俺は…寝ている鳴宮さんに…何をしようとしたんだ)
自ら決めたこととはいえ、数日逢えていなかった桜葉への禁断症状──それに加え潮との関係を知ったことで、己の欲求を我慢できずに晒してしまうところであった。
それに、初めて見る無防備で可愛らしい桜葉の寝顔そして……柔らかそうな、唇──
岳が考えないようにしようとしても勝手にその時の光景が頭を過ってしまう、そしてまた溜め息を吐くの繰り返しなのだ。
残っているワインを飲み干し、まるでその光景を搔き消すかのようにグラスを荒々しくテーブルに置く。
(俺は本当に、思春期真っ只中のお子様かよっ)
無意識にまた溜め息を漏らしそうになったそんな時、鞄に入れっぱなしになっていたスマホが突然鳴り響いたのだ。
『よぉっ、岳』
「……何だ、神谷か」
『おいおい、そりゃこっちのセリフだ。やさぐれた声を出した野郎の声なんか聞きたくないぞ……もしかして飲んでるのか?』
「飲んじゃ悪いかよ」
桜葉から話しを聞いてそれ絡みの機嫌の悪さだというのは想像つくが、長い付き合いの神谷でさえもこんな悪態つく飲み方をしている岳は初めてだった。
『悪くはないけどお前──いや、なんでもねぇーわ。
それより蓮見令嬢との見合い、どんな感じだったのか聞きたくてさ』
「見合い? 別に…ただ、思っていた令嬢よりかは……抜け目ない感じだった」
『抜け目ない?』
「あぁ……彼女さ、俺の正体知ってたんだよ」
『え、はぁー!? なんで……って、いやそれよりも…ヤバいんじゃねぇの?』
神谷のその当然な問いかけに、暫し無言で返していた岳の脳裏にはふとその日の……見合い当日の記憶が蘇ってきていた──