ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


特段、声を荒らげるとか怒っているなどではない。
笑顔なのにまるで圧を受け尋問されているような気分にさせられる──そんな隙のない笑顔。
しかし、突如として自分の本丸に攻め込まれたのだから内心、岳が動揺するのも仕方のないことだった。


(マズイな……彼女を通して俺のことが蓮見に知られたら、今までのことが全部台無しに──)

「あ、違うんですっ、誤解しないでください。
私、以前会社で院瀬見さんのことをお見かけして以来、ずっとお慕い致しておりまして……このことを相談役である久藤(くどう)に相談したんです。
そうしたら久遠が……院瀬見さんの過去のこと、父の非道な行いのこと、様々なことを教えてくれて── あ、でも院瀬見さんの過去のことは父は何も知りませんっ。私と久遠しか今はまだ知らないことなんです」

「…そう、でしたか。私も久しぶりに旧姓で呼ばれたもので少し戸惑ってしまいましたが、お父様とのことはもう昔のことです。
今は社長に恩義を感じ尽くしていきたいと思っておりますので、出来ましたらこのことは社長にご内密願えたら助かります。
……それよりも、薫子さんの方がお父様のことでショックを受けられたのでは?」

今まで培ってきた経験からか、思ってもいない言葉をベラベラと並び立てることが得意な岳。
ハスミ不動産に入社して得たことは偽りの言葉に偽りの仮面、それを外せるのは神谷の前か一人の時ぐらい……いや、最近では桜葉の前でも素の自分が出てきてしまっている。

(──久遠……確か今は秘書課を離れ庶務課の方へ回されたんだったよな。実質、左遷のようなものだ。何をしてそこまで落ちたかは知らないが……今は社長とも離れているし俺の“院瀬見”性も葬式後に変わったのだから知らないと油断していた。
まさか久遠が俺のことに気付いていた上に彼女とまだ接点があったとはな。
今回の計画も彼の何気ない言葉がきっかけになったものだから……いや、でも彼女は復讐のことまでは知らないと思うが……)

自分に取り巻く状況を把握するのに必至で、特に興味もなかった薫子の心情に何気なく気遣う言葉を出しただけだった。
しかし思いの外、薫子の表情は見る見るうちに曇っていき、今にでも泣き出しそうな雰囲気を醸し出してきたのだ。



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