ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
元々潤んでいた大きな目は、涙を含むことによって更に艶っぽい表情へと変わっていく。
ここで普通の男性なら放っておけない、守ってやりたいと一瞬で恋に落ちることだろう。
薫子は知ってか知らずか、男を虜にすることには長けてるように見える。
そしてそんな彼女は重い口をようやく開いてこう言った。
「確かに…父がそのようなことをしていたと知った時にはショックを受けました。でも、私にはとても優しい父でしたので…嫌いになることもできません。
ですから今日は私からも一度、誠心誠意謝らないとと思いまして……院瀬見さん、以前父が犯してしまった罪…大変申しわけ御座いませんでした」
バッグから出したハンカチを口にあて深々とお辞儀をし謝罪する薫子。
思いがけない展開に少し戸惑ってしまう岳だったが、ここで見合いが頓挫してしまっては元も子もない。
「薫子さん頭を上げてください。それに先程も申し上げましたが、そのことはもう昔のことです。ですから…」
「それでしたらこのお見合い、進めてしまっても構わないでしょうか?」
岳の会話を遮ってまで聞いてきた言葉はある意味、薫子が心に溜めていた一番の本心。
自分が話すと同時に顔を上げてきた薫子は先程までの清楚な表情とは一転──小悪魔的で無邪気な表情へと変わっていた。
(なんなんだこの子……さっきまでと雰囲気が違って──)
「院瀬見さん。私、結婚をするなら院瀬見さんが適任だと思ってるんです。頭が良くて仕事もできてスマートでお金も持っていて……何よりカッコ良くて、私のタイプそのもの。
遊びだけなら別に条件なんてどうでもよくて、その時好きになった人と付き合うんですけどねっ」
「それは……過大評価し過ぎですよ、薫子さん。反対に私の方が薫子さんに不釣り合いなのでは?」
「それはあり得ません……って言うかさっきの昔話、もしパパに知られたら院瀬見さんのお立場もかなりマズくなるんじゃないですか?
だから、強制的にこの申し出…院瀬見さんは断れない状況だと思うんですけどぉ。
それにパパは私と結婚する院瀬見さんには全経営権を譲って、引退したら悠々自適な生活を送るつもりらしいんです」
(──全経営権……か)
どうやら蓮見 薫子という人物は、見た目と違って中身は父親の遺伝子をかなり色濃く受け継いできたらしい。
かなりの策略家だ。
しかし、岳にとってそんなことはどうでも良い、別に好きで結婚するわけでもないのだから──
岳は自分のコーヒーカップを手に取り一口ゴクリと喉へ押し流した後、微笑しながら薫子にこう伝えた。
「そこまで言われますと…光栄です」