ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
(久遠……当時は恨みもしたが、父さんの手紙を届けてくれたり謝罪に来たりして、特にそれから特別関わることもなかった──それにあの人の言葉で俺は大人になった時に蓮見 京一郎に復讐しようと決めたんだ。
でも……なんだろう、何か引っ掛かる。あまり頼りたくはないが……念の為、冠衣さんに調べてもらうか)
「あぁ、そう言えば神谷。パーティー当日の進行、途中からお前に任せてもいいか?
社長の身内ではお嬢様だけがパーティーに出席するらしい、それを俺にエスコートしてほしいんだと」
先程伝えた事実にどう反応するか、岳の返答を待っていた神谷はこの言葉に肩透かしを食らってしまった。
まさかこの話題がスルーされるとは思ってもいなかったからだ。
『それは別に構わないけど──い、いや、それよりもお前、このことは気にならないのっ?』
「…んー、まぁ、少し様子をみるさ」
何ともあっけらかんとした返答に神谷の探求心も一気に削がれてしまう。
『……ま、まあ、岳がそう言うのであれば俺からは何も言えないが──って、あれ?……そう言えば社長の身内って確かもう一人、子供がいなかったっけ? あまり表には出てこないけど、令嬢の下に』
「太一郎、お嬢様より一つ下の十九歳だ。……ただ、かなり変わっているはみ出し者で、高校卒業してからは今、世界あちこち放浪の旅に出ているらしい。
まぁ、京一郎は出来の悪い息子の存在を隠したいんじゃないのか? だから今、自分の後継者探しに躍起になっているのかもな」
『そうなんだな』
京一郎が薫子のことを一人娘だと周りに紹介しているのは、そういう経緯もあってのことだろう。
一人娘……嘘ではないが、蓮見家の現状をよく知らない人からみれば子供は薫子だけだと勘違いされてしまう。
しかし京一郎はそれで良いと思っている、太一郎のことはいない存在にしたいのだ。
『あ…話変わるけどさ、あれからおばさんの体調どう? 最近忙しくてなかなか病院に行けてないからさ』
「……あー……また、脱走した」
『脱走──…またか?』
その会話を最後に、暫し二人の間にはまた沈黙が続いてしまったのだった。