ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
突如、耳に飛び込んできたのは落ち着いた口調で話す心地のよい渋い声。
周りにいた従業員──特に女子従業員達はそのイケメンボイスにすぐ反応し一斉に振り向いてくる。
厨房と食堂を分けるカウンター……つまりは社員達が頼んだ料理を受け取る場所、そこに岳が両腕をついてもたれ掛かっていたのだ。
(……院瀬見、さん?どうして、ここに)
彼がこのように厨房を訪ねたことが今まで一度もなかったからか、従業員の女子達からは次々と黄色い声が上がっていったのだ。
「い、院瀬見さま!? え、あの……開店はまだ…」
“さま”とつい叫んでしまった料理長も実は岳の隠れファン。
「いくつになってもイケメン男子は世の女性達に癒しを与えてくれるわぁ〜」──と料理長はたまに豪語している。
イケメンファンでもある岳の唐突とした出現に、料理長の戦意は一気に喪失 ── 目がトロンと垂れ下がり、既に岳しか見えていないようだ。
「僕も偶然その場にいたんですよ。
困っている人を助けるなんてなかなかできることではないと思います。
…遅刻のことは彼女も反省しているし今回は許してくれませんか?」
許すも何も桜葉に対する料理長の戦意はもうとっくに失われている。
彼のその言葉に流されるように、「わ、わかりました」と二つ返事で料理長は返答したのだ。
「さ…さぁさぁ、皆さん! お昼の時間まであまりないですよ。自分の持ち場に戻って作業再開してください!」
パンパンと手を叩く料理長の言葉を合図に従業員達はパラパラと自分の持ち場へと戻って行くが、女性陣はその場を離れ難いのか今だに岳の方をチラチラと見つめてくる。
(はぁ……院瀬見さんのおかげで助かった。あのままだったら料理長の怒りもなかなか収まらなかっただろうし)
でも、まさかこの場に岳が来てくれるとは全く想像もしていなかった桜葉は、庇ってくれたことへのお礼を言わなければと急いで岳の元まで駆け寄って行った。