ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
好きではない婚約者──
そのワードが突如として頭に浮かぶ。
(…院瀬見さんはなぜ…好きでもない相手と結婚しようとしてるんだろうか。 …神谷さんの話しを聞いた限りだと、何か、他に理由がありそうな感じたったけれど)
でも例えそれが愛のない結婚だったとしても── このままでは以前の恋愛と同じ……桜葉の好きになった人はまた自分ではない他の誰かと結婚してしまうことになる。
そして自分は──
(そんなの嫌だっ。もうこれ以上自分をごまかしたくない、このままで…院瀬見さんとの関係を終わらせたくないっ。
周りの噂とかじゃなくて、ちゃんと自分から結婚のことを院瀬見さんに直接聞いて……そして、もし駄目だったとしても自分の気持ちだけは伝えたい)
桜葉がこんなに前向きな気持ちになるのは久しぶりのこと──岳のことばかり考えている桜葉の視線は再び外の景色へと向けられた。
この数分の間にすっかり明るくなってしまった窓の外からは、まるで何もかも浄化してくれそうな神々しい太陽光が降り注いでくる。
その容赦ない眩しさに桜葉は咄嗟に手で目を覆ってしまう。
ちょうどそんな時だった──
徐々にスピードを落としていく電車内からは、次の駅に着く際のアナウンスが流れ始める。
“間もなく向ケ丘〜、向ケ丘駅に到着致します”
更にブレーキがキキキッッと強く掛かり、電車が完全に止まったと同時にドアが開くと、降りる客よりも乗車する客が一斉に流れ込んできたのである。
開いたドアの方にいた桜葉の体は、その乗客らの圧によって反対側のドア付近まで押し流されてしまった。
(はぁ、早朝にも関わらずすごい人……この駅、また最近新しいマンションができたからその影響かな)
桜葉が住む街は比較的まだ古さが残っており、最寄り駅から電車に乗り込む人数もそこまで多くはない。
反対に都会に近いこの駅は、最近再開発されている都市の駅ともあって新たに住み始める人達が急激に増加──結果的に乗車する客も爆発的に増えてしまったというわけだ。
(最近、高層マンションが次々と建てられているもんなぁ。……あんな高級そうな高層マンションに住める人って一体どんな──)
「鳴宮、さん?」
突如として自分の名が呼ばれた。
それは聞き慣れた優しい声で……そして、桜葉がずっと聞きたかった愛しい声──
その声を聞いただけで桜葉の顔は一瞬にして紅潮し熱を帯びていく。
窓の外へ追いやっていた視線は慌てて声のする一点へと集中する。
「え…い、院瀬見さんっ? ど…うして、こんな早朝に…」
桜葉が驚くのも無理はない。
基本、朝が早い桜葉とそうでもない岳とはそもそも通勤時間が合わないのだ。
ましてや、いつもより更に早いこの時間ではまず逢うことなんてないだろう、と気が緩んでいた。
それについ今しがた、岳に結婚のことを聞いてちゃんと自分から告白すると決心したばかり──その相手が急に目の前に現れたとなると桜葉の心中は動揺しまくりである。