ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
突然、急ブレーキ音が聞こえたかと思うと桜葉の体は大きくバランスを崩し倒れ込みそうになってしまった──が、寸前のところで岳に腕を掴まれ「鳴宮さんこっちに…」との言葉と共に、桜葉を自分の方へと引き寄せてくれたのだった。
そしてそのまま桜葉の体はくるっと回転し、ドアの隅へと誘導されていく。
「あ…すみませんっ、 ありがとうございます」
「いや、危ないからここにいるといいよ」
感謝の言葉と同時に上を向くと、岳が壁に手をつき桜葉の周りに少し空間ができるよう混雑から自分を守っていてくれていることに気づく。
──が、桜葉は直ぐ様見上げた顔を伏せてしまった。
その顔面は熱く火照りだし耳までもが赤くなっている。
(え、ど、どうしようっっ、上向くと院瀬見さんの顔がものすごく近くにある……って言うか、そもそも院瀬見さんの体が自分に覆いかぶさって、あの…、良い香りがして、くる)
高身長の岳と小柄な桜葉との身長差はかなりある、それは岳の懐にすっぽりと収まってしまうほど。
咄嗟的にそんな行動を取ってしまった岳もまた、桜葉の顔が意外と近いことにドキッと胸が踊ってしまう。
見下ろした時一瞬、目が合ったと思ったのだがすぐにまた桜葉の視線は違う方へ向いてしまった。
その、一見自分を避けているかのように見えるちょっとした仕草──岳はそのような桜葉の行動にモヤッとした喪失感を感じてしまう。
本当は桜葉を他の男になんて取られたくない。
自分だけを見てほしい。
もっと笑いかけてほしい。
もっともっと近づいてきてほしい。
──このまま…抱きしめてしまいたいぐらい愛おしい。
率直で自分勝手な願望と欲が岳の頭の中全体を埋め尽くしていく。
“自分の気持ちを偽ったままだといつかはそれが溜まって爆発する”
片隅にあった神谷の言葉が急に脳裏をよぎってしまう。
(──…確かに神谷の言う通り、ここ最近俺は鳴宮さんのことばかり考えている。
あり得ない願望ばかりが意思とは関係なく膨らんできて……このままだと歯止めが利かなく──いや……俺はもうとっくに、彼女のことしか考えられなくなっているんだろう…な)
静かに目を閉じ桜葉に気付かれないほどの小さな溜め息を漏らす岳だったが次の瞬間、自分の額に優しく触れてくる温かな手の感触を得たのである。
「あの、大丈夫…ですかっ?」