ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
(──急に手を離したりして……変、だと思われたかな…。それにさっき院瀬見さん、何か言いかけていたような)
彼が今どんな表情を浮かべているのか桜葉は不安で気まずくて、手を離してからずっと下を向いたまま。
そんな時、桜葉の頭上から岳の申し訳なさそうな言葉が振ってきたのだった。
「── ごめん、鳴宮さん。
急に手を握ったから困らせてしまったね……彼氏の潮くんにも悪いことをした」
(…………ん?)
岳のその一言で今まで俯いていた顔が一気に跳ね上がってしまった。
そして視界に写り込んだのは後悔と寂しさ、嫉妬……複雑な感情が入り混じったような岳の表情。
(…潮くんに悪いって、彼氏って……ん?──あ、れ……もしかして、私と潮くんが付き合ってるって院瀬見さん、なにか誤解、している?)
「あの、院瀬見さん、もしかしてなんですが……私と潮くんが付き合ってるとか、思ってたりします?」
「──ん……いや、え、違うのっ?」
曇って落ちていた岳の表情が一気に晴れ上がっていくのはわかったが、何がどうして彼の思考がそこに行き着いたのかが桜葉にはわからなかった。
(確かに潮くんとは同期だし仲良くて、告白もされた──けど私達、そんなに付き合っている雰囲気、醸し出してたかな?)
そんな疑問が頭にチラつきながらも桜葉は両手を横に振り即座にそれを否定する。
「ち、違いますよ!
潮くんとは同期で仲はいいですけれど、恋人ではありませんっ」
「え、でも潮くん、鳴宮さんに告白したんだよね?」
「しましたけど…って、え、どうしてそれ…」
「いや、食堂で水口さんと潮くんが話しているのを聞いちゃって、…って──あっ……」
突然声を上げたかと思うと岳は慌てて口元を手で抑える。
どうやら言ってはいけないことを言ってしまったらしい。
岳は手で口を抑えたまま小さな声で釈明し始める。
「ご、ごめん……別に聞くつもりじゃなかったんだ。鳴宮さんにハンカチを返そうとして食堂に行ったら、潮くんと水口さんの会話がたまたま聞こえてしまって──って、いや…言い訳がましいな、俺」