ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
13.先生への恋心〈桜葉の過去編〉
── 十七時三十五分
体の節々がだるくて痛い。
頭もボーとする。
とにかく身体全体が熱過ぎて意識が飛んでしまいそうだ。
(……こ、れ…ってマズイよ、明日は絶対行かなきゃ…いけないのに、何でこんな時に──)
業務終了後に行った明日の最終チェックも無事完了し、後はパーティー当日を待つだけ……のはずだったのに桜葉が帰宅しようとした矢先、身体中が一気に熱を帯び始めてきたのである。
この時間、帰路に急ぐ乗客たちで電車の中は満員に近い、桜葉の体調も悪化していたが立ってやり過ごすしかなく、今はただ早く最寄り駅に着いてほしいと願うことしかできない。
そしてようやく最寄り駅に着いた時には、桜葉の身体は既に限界を超えつつあった。
それでもフラフラになりながら何とかアパートの前まで来ることはできた、のだが──
(── あ~……意識が朦朧とする……あと、少し、部屋まで帰れれば……)
“たぶんすぐ治りますから”
(……何が、大丈夫…よ、全然、大丈夫じゃ、ないじゃない)
今朝、岳に言った自分の言葉を今更ながらに後悔しつつも桜葉は最後の力を振り絞るかのように、鞄の中から一枚の名刺を取り出す。
それは岳の会社の名刺、裏にはプライベート用の電話番号が書かれていた。
岳とはライ〇交換はしたものの、お互いの電話番号はまだ教え合っていなかったのだ。
“何かあったら、すぐ俺に電話してっ”
今朝、岳にそう言われ渡されたこの名刺。
こんなことで電話するのも気が引けたが、今辛いとき一番先に頭に浮かんできたのは岳の顔だった。
その名刺を手に取り、更に鞄からスマホを取り出そうとしたその瞬間── フッ……と、桜葉の意識が曖昧に途切れ始め、そのまま力尽くのと同時に地面へと倒れ込んでしまったのである。
倒れる寸前……桜葉の視界には誰かが写り込んだような気がした。
アパートの階段下で岳に似たような人物──
その人物は倒れた桜葉に気付くとすぐ駆け寄ってきてくれた。
「── もしっ、あなた大丈夫!? ……ちょっと待ってて、今──と、き……さん、を──」
桜葉はその言葉を最後に完全に意識をなくしてしまうのだった。
深くて苦い過去の記憶がふと蘇り、また泡となって醒めゆく時まで──桜葉はとてもとても長い夢の底へと落ちていくのであった。