ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「え〜、確かに格好いいけど……私はあの辿々しい授業の進め方にはちょっと不満があるかなぁ〜、今年から本格的に受験も視野に入れないといけないし」
「水樹、手厳しい〜…でも、そっか、水樹は進学志望だったもんね」
(確か…赤川先生って、まだ二十四歳って言ってたよね? まぁ水樹の言う通り、授業中に間違いを生徒に指摘されたり話し方もオドオドしてて── 水樹が不満を漏らしちゃうのも少しわかるけど)
赤川 康太は今年この学校に赴任してきたばかりの唯一若くて顔が整った新米男子教諭のため、赴任して早々女子生徒達の憧れの的となってしまったのだ。
──が、その反面まだ慣れぬ授業の進め方や、先生が女子にモテるのを不満に感じる男子生徒も少なくはなかった。
「あっ、それよりも桜葉。さっき美化委員長が桜葉のこと探してたよ〜。なんか昼休みに花壇をなんとか〜…って」
“昼休みに花壇”
水樹が放った言葉が頭に浸透してきた瞬間、桜葉は「やばっ」と声を漏らしながら椅子から立ちあがり、慌てて机上のものを片し始めたのだ。
「忘れてたっ! 美化委員は今日、昼休みに花壇の手入れをする予定だったんだっ」
「桜葉って美化委員だったっけぇ〜? ぶっちゃけもうサボっちゃったら」
「いやいやあの委員長、サボると本当に怖いから……とりあえず今からでも行ってくるっ」
「オッケー、わかったぁ〜、いってら〜」
翠と水樹に見送られ急ぎながらも、桜葉の頭の中では今日の特売品の商品がチラついている。
今月は何かと入り用で、節約をしなければ来月以降がもっと厳しくなってしまうからだ。
(はぁ〜…ほんと最近、弦気の食欲が半端ないから食費も限界に近づいてきてるし……なるべく安い食材を探しに行かないと)
桜葉にとって今、大事なことは恋よりも勉強よりも何よりも、家族の胃袋と家計のやり繰りをどうするかという問題。
「まぁ、卒業したらどっちにしても働かなきゃいけないし…恋話する余裕なんてないもんな」
青春時代を半ば諦めかけている桜葉がそんなことを呆然と考えながらも、足は早々に花壇のある裏庭へと急ぐのであった。