ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
先生の真っすぐな視線に耐え切れず慌てて顔を背けてしまった桜葉。
顔から噴き出してくる変な汗が止まらない。
(……そ、その表情…不意打ち、過ぎるっ)
今まで見たことのない先生の柔らかく微笑みかけるそのあどけない表情と言葉──
『いつも誰かの為に奮闘して頑張っている鳴宮さんは安易に他人のことを噂したりしないでしょ?』
桜葉はただただこの何気ない言葉が嬉しかったのだ。
桜葉の家は決して裕福ではない、自分の下には義弟と義妹、それに病気がちの義母もいる。
自分がもっとしっかりしなければ、
自分が義弟達の面倒を見なければ、
父がいない間は自分がこの家を守らなければ、
自分が──
…違う、そうじゃない、少しでもいい……今の私を誰かに見ててほしい。
ただ一言 “頑張ってるね” って認めてほしい── そうすればこれからもまた私は頑張っていけると思うから。
「鳴宮、さん? ……どうしたの、気分でも悪い?」
「あ…い、いえっ、何でもありませんっ。ちょ、っと目にゴミが入ってしまったようで……も、もう大丈夫です。
それより先生、ここって確かに用事のない人は滅多に来ない場所ですけど、恋人達が逢引するには密かに人気のある場所なんですよ。今日は…たまたまいないようですけど、今度から練習は他の場所でしたほうがいいかもです」
「えっ、そ、そうなの? それは知らなかった…って…フッ、ククッ……今時の女子高生も “逢引”って言葉、普通に使うんですね」
「…あ、それはたぶん、この地域って年配の方が多いから自然にそういう言葉が身についちゃっているのかもしれないですね。まぁ、でもここでは結構あるあるネタかもしれませ…」
── キーンコーン …
“四時になりました。まだ校舎に残っている生徒は速やかに帰り支度を行ってください、繰り返します──”
(う、嘘?! もう四時っ?)
突如鳴り響いた校内アナウンス。
慌てて自分の腕時計を見ると、確かに時計の針は四時ちょうどを差していた。
(マズっ、まだ全然運びきれてないんですけどっ)
急いで焼却炉の方へと戻ろうとした桜葉を康太先生は呼び止める。
「鳴宮さんっ、ゴミはまだあるんですか?」
「え、あ、はい……大きなゴミ袋がまだ四つも」
「じゃあ、後は私がやっておくので鳴宮さんはもう帰りなさい」
「で、でもこれは私の仕事……」
「鳴宮さん、あなたが責任感の強い生徒なのは知っています。……けど、たまには誰かに頼ってもいいんですよ」
(──誰かに…頼る?)
「さぁ、気を付けて帰ってくださいね」
そう言うと康太先生は桜葉の背中をポンポンと軽く叩き、躊躇する彼女の一歩を促した。
「じゃあ、あの…すみませんがよろしくお願いします」
その一歩を踏み出し始めた桜葉は走りながらもチラッと後ろを振り返っては先生の方に視線を合わせる。
視線が康太先生を捉える度にドキドキと桜葉の胸は高鳴ってくるようだ。
(…え、ちょっと待って ……これって私…もしかして先生のこ、と)
── 突然、降って湧いてきた恋という初めての感情に桜葉はどうしたら良いのかわからず、それからの日々はただただ康太先生を遠くから見つめているだけ。
そんな日々が卒業するまで続き、結局は告白する勇気も出ないまま何をすることもなく終わってしまった先生への淡い恋心。
それはとても苦く悔いが残る桜葉の初恋でもあった。
── それから高校卒業後、
桜葉は隣町のファミリーレストランにアルバイトとして就職し毎日忙しい日を送っていた── そんな日々が三ヶ月を過ぎた頃……
桜葉と康太先生は思い掛けない所で再会を果たすのであった。