ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
『い、いやでも、生徒と一緒にいる所を見られたら先生がっ──』
周りをキョロキョロと慌てふためく桜葉の姿に康太先生は思わず笑いを吹き出し、『いつまで高校生のつもりですか?』と、意地悪そうな口調で聞いてきたのである。
その言葉に、あ……と気付いた桜葉は恥ずかしさのあまり顔を赤らめてしまう。
『そ、そうでした……もう卒業、してましたね』
『はい、…なのでそこは気にしなくても大丈夫かと思いますよ』
そう言って、今度は優しい笑みを向けてくれた先生は躊躇していた桜葉の右手を急に掴み出すと、その場を半ば強引に連れ出そうとする。
桜葉はその手に少し引っ張られるような感じで後をついて行くのであった。
『駐車場に車を停めてありますから…帰りましょうか』
一度は勇気が持てず告白すらもできずに諦めた恋──けれど心のどこかで、先生と生徒だからという禁忌のブレーキが少しかかっていたのかもしれない。
(── そっか。私はもう、先生の生徒じゃないんだ)
掴まれた右手からは先生の温もりが伝わり、全神経がそこに集中していくようだ。
けれど、その手を握り返す勇気もまだ持てずにいる桜葉は、前を歩く康太先生の背中に熱い視線を送り続けているだけ。
(……先生は、どうして今日、待っていてくれたんですか?
元生徒だから? 先生だから? 危ないから……きっとどれも正解なんだろうな…。
──でも先生。先生を好きな私にとってこれは……かなり変な期待を持ってしまう行為なんですよ)
叶ったとしても叶わなくとも、桜葉はこの偶然を偶然のままにしたくないと思っていた。
そして……それから康太先生が毎日送ってくれるようになって一週間が経った今夜──桜葉は先生に告白する決心をしたのだった。
*
「懐かしいな、あの時は鳴宮さんに見られてかなり焦ったのを覚えてるよ」
白くて小さな軽ワゴンタイプの先生の車。
若干、古さが滲み出ているその車は先生が社会人になったと同時に購入したと、以前桜葉は聞いたことがあった。
この地域に住むにはまず車がなければ生活に支障をきたす。
バスの運行時間も一時間に一本、時間帯によっては一本も来ないことだってある、効率的に動きたいとなればまずは車が何より必要となってくるのだ。