ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


そんな先生の普段の足でもある軽自動車は、座ると意外に運転手と助手席の距離が近い。
少し動いたら二人の肩がぶつかってしまいそうなほどだ。

こうやって一緒に帰れるようになった今でも桜葉の緊張はなかなか解けない。
ましてや今日は告白しようと決意してこの車に乗っているのだから、緊張するなと言うほうが無理な話だ。

「──ん?……鳴宮さん、どうかしました?」

あまりの緊張で途中から先生の話しが耳に届いていなかった桜葉は、その問い掛けられた先生の言葉で我にかえると同時に顔を急上昇させた。

「えっ、な、何がですっ!?」

「いや…なんかいつもより大人しいから。もしかして車にでも酔いました?」

先生といる時の桜葉は、緊張を誤魔化すためにいつも余計な会話をベラベラと並び立ててしまっている。
それが今日に限って一言二言で会話が途切れてしまったものだから、康太先生にとってはいつもと違う感覚を覚えたのだろう。

「あ、いえっ、全然酔ってませんっ、大丈夫です! えっと……それで、な、何の話しでしたっけ?」

「いや、……高校時代、君に恥ずかしい所を見られたなって話し。あ~、でもまぁ、そんなことはとっくに忘れちゃってるか…」

「そ、そんなことないですっ、ちゃんと覚えています。
──だって…だってあれは、私にとって大事な想い出ですから…」

当時のことを、当時の淡い自分の気持ちを思い出すように、桜葉はいつの間にか幸せに満ち溢れた表情で微笑んでいた。
そのドキッとさせるような表情を目の当たりにした先生は一瞬、桜葉から目が離せなくなっている。

(あ、もしかして今、先生に告白するチャンスなのでは──)

意を決して何度も頭でシミレーションした告白の言葉。
いざ桜葉がその言葉を紡ぎ出そうとしたその時、康太先生の車が急に横道にある待避場所へと舵を切りエンジンを止め停車したのだった。
桜葉は突然の停車に外をキョロキョロと見回しながらも頭には “?” の思考が混沌している。

「先生……? どうしたんですか? …どうしてこんな所に車を停めて……」

サイドウィンドウを眺めそう尋ねた桜葉の視線が次の瞬間、康太先生のいる運転席へと向いたとき──


ギシッ──

助手席に体重がかかって撓るその音と共に先生が纏う甘い柔軟剤の香りが桜葉の身体に降り掛かってきたのだった。




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