ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「違うんですっ」
既にもう涙が溢れそうになっていた桜葉の身体はドアから引き剥がされ後ろへと引っ張られていく。
同時に桜葉の背後を大きな身体が包み込んでいき強い力で抱きしめられたのだった。
「…こんなこと、鳴宮さんの気持ちも考えずにするべきではなかった…──でもさっきの君の可愛らしい笑顔を見たら、自分の気持ちが抑えきれなかった。……ごめん」
なんとも複雑な感情が絡まった先生の声が、抱きしめられた桜葉の耳元から直接流れこんでくる。
きっと康太先生は先生なりに色々と桜葉のことを考えてくれていたのかもしれない。
(……先生)
肩にまわされた先生の腕の上から自分の両手を重ね、桜葉はギュッと抱きしめ返す。
「…本当は、君の就職先は前から知ってたんです。卒業した君に逢いたくてあのレストランに通ってた……教諭である自分が言うのもなんだけど、俺はずっと、鳴宮さんのことが好きだったから」
その言葉を聞いた瞬間、今にも溢れそうになっていた涙が次々と桜葉の頬を伝って流れ落ちていく。
「──私もです、私もずっと先生のことが好きでした……先生、私とお付き合い、してくれませんか?」
強く抱きしめていた先生の腕が桜葉の言葉で更に強くなる。
「歳も離れていて元教師でネガティブであがり症…の俺でよければ是非」
「プッ…私はそんな先生がいいんですっ」
──この時の桜葉は跳ね上がりそうなほど今までで一番の幸せを感じていたのだと思う。
それから一年間、元生徒と教師だったという立場上、桜葉が二十歳になるまでは周囲にも二人の関係を秘密にしようと決めていた。
二十歳になるまではキス以外の行為はしないと、康太先生はケジメとして勝手に決めていたようだった。
それでも先生と一緒にどこかへ出かけたり美味しいものを食べたり、同じ想いでいるその瞬間が何よりも幸せであった桜葉。
そして──
一年の刻が過ぎ去ったある日、桜葉は二十歳の誕生日を迎えた。
その日は最高の誕生日になるはずだった……けれど
最悪の日にもなってしまったのである。