ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


ミズキト コウタセンセイガ────

キス…………シテ、ル……?


「………………え」


桜葉の思考が目の前で起こっている現実を否定しようとしている──

ベッドに入ったまま上半身を起こし身を乗り出しながら目を瞑る水樹と、ベッドの横にある椅子に座った康太先生が顔を寄せ合い唇を重ねているキスシーン──
桜葉はその光景を目の前に上手く呼吸が出来ずにいた。


「…キャッ……さ、桜葉っ!? いつからそこに…」

呆然と立ち尽くす桜葉に気付いた水樹は、重ねていた唇を慌てて康太先生から引き離す。
水樹のその言葉に動揺した先生は即座に椅子から立ち上がり桜葉の方へと視線を移した。
その瞬間、立った勢いで倒れてしまった椅子の音だけが病室に響き渡る。

「さっ、……な、鳴宮…さんっ!? え、どうしてっ……」

(……()()、さん…?)

一遍に様々なことが起きたせいで頭が追い付かないこの状況で、桜葉は自分が今一番どのような言葉を返せば良いのか混乱していた。
それなのに、そんな状況お構いなしにと水樹だけは会話を続けてくる。

「──実は…そうなんだっ。私と康太先生……最近付き合うことになってっ」

(……付き、合う…? )

「ちょっ、尾木さんっ!?」

自分の頭の中には疑問符ばかりの言葉しか浮かんでこない。
そんな中でもようやく口から出てきたのは偽物の言葉ばかり。

「……そう、なんだ……ちょっとびっくりして…声が出なかったよ、あっ、じゃ、じゃあ私はお邪魔、だね──これ、水樹の好きな、水羊羹……ふ、二人で食べて…………じゃ私、いくね」

先生に聞きたいことはたくさんあるのに、今は早くこの場から立ち去りたかった。
桜葉は近くの棚に持ってきた袋を置くと、直ぐ様踵を返し急いで病室から出て行ったのである。

(……な、なんでっ?
どうしてこんなことになってるのっ?
康太先生は私と付き合ってるんだよね……そうだよね、先生っ!?)

一目散に廊下を走り抜けた桜葉は最後に病院の玄関を出ようとしたところで突然、力強く何者かに腕を掴まれたのだ。


「桜葉っっ!! ちょっと待って!」




< 148 / 178 >

この作品をシェア

pagetop