ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
17.意外な人物 *岳*
岳の母親はこの二十年間、精神的・体力的な理由から入退院を繰り返している。
父親の自殺が引き金となり元々あった持病が更に悪化、それに加え安定しない精神状態── 岳は月に二回程、そんな母親を見舞っているのだ。
この日も仕事を終えた彼はその足で病院へと向かっていた。
──ガラガラッッ
勢いよく扉を開けた岳は一目散に母親へと文句を垂れていく。
「母さんっ、勝手に病室を抜け出すの、いい加減やめてくれないかっ。それに何で処置室なんかに…」
そこは母親の病室ではなく一般の処置室、母親は処置室用の簡易ベッドの横にあるパイプ椅子にちょこんと座っていた。
ここ数年前から母親は、フラッと病院を抜け出す癖がついてしまったようで、岳が病院へ行ったときは大抵病室にいないことがほとんど。
まぁ、認知症というわけでもないし今は持病も落ち着いている、最終的には自分でちゃんと病院に戻ってくるから岳も特別問題視していないのが本音なのだ。
「岳…声、大きいわ、起きちゃうじゃない」
以前よりも痩せたからか元々大きな目は更に大きくなって母親は背の高い岳を見上げてくる。
「起きるって、一体誰が?」
(……珍しいな、母さんが誰かと関わっているだなんて)
扉のある入り口からはカーテンが仕切られていてベッドに寝ているのが誰なのかがわからない。
処置室に足を踏み入れた岳は母親の後ろへと回り、何気ない気持ちでベッドに横になっているだろうその人物の顔を覗き込んだ。
──が、次の瞬間彼は自分の目を疑ってしまった。
「え…はぁっ!? ……な、なんで、桜葉さんがこんな所にっ? え、彼女どこか悪いのか、母さんっ!」
母親の前ではいつも冷静な自分を見せているからか、慌てふためく目の前の息子に母親は少々驚いたような顔を浮かべてしまう。
「……岳、落ち着きなさい。あなたが慌てるなんて珍しいわね。
お嬢さんなら大丈夫よ、……彼女、高熱が出ていたんだけどずっと点滴をして寝ていたから、もう熱もある程度引いてきているの。医者が言うには寝不足による体力低下が原因みたい」
「寝不足……あぁ、最近彼女色々と忙しかったし風邪気味ぽかったから。でも、どうして母さんが彼女と…」
「そうね……たまたま彼女がアパート前で倒れているのを私と一ノ瀬さんが見つけてここに運んだのよ」
(一ノ瀬……?)