ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

18.パーティー当日




早朝、五時十五分──


リビングのソファーで寝入っている岳に軽くお辞儀をする。
書置きだけをテーブルに残し起こさないよう静かにマンションを後にした桜葉。

岳からは今日のパーティーを休むよう言われていたが、やはり皆に迷惑をかけてはいけないと思い直し、桜葉は今こっそりとマンションを出たという訳だ。

(院瀬見さん、ごめんなさいっ。
もう熱も下がりました、睡眠もいっぱい取りました、今日の私は体調万全です……なので今日だけ、見逃してくださいっ)

心の中で申し訳なさそうに何度もそう繰り返す桜葉は身なりを整える為、一旦家に戻ってからパーティー会場に向かおうと、閉まりかけの電車に慌てて飛び込んでいった。

胸に手をあて、走って荒くなった息を整え終えると視線を起こし軽く辺りを見渡す。
列車の中は始発だからか人気(ひとけ)は少ない。

一番近い椅子に腰を降ろそうと桜葉が一呼吸置いたその瞬間、意図せずとして昨日の出来事が桜葉の頭を一気に埋め尽くしていく──いや、むしろ既に限界を超え溢れ出ていたのかもしれない。

(……夢……では、ないよね?
私──院瀬見さんとキ、キス…しちゃった、のよね。勢いで告白してしまったけれど院瀬見さんも、す、好きって……これって…両、想い?)

そう自問自答する度に桜葉の顔面は赤みを帯びていき、今にでも頭から湯気が立ち上ってきそうだった。


──けれど……

岳の生い立ちや蓮見社長、お父さんやお母さんのこと、最近桜葉を避けていた理由、そして復讐として蓮見令嬢と政略結婚をし蓮見の財産全てを奪い取ろうとしていたこと……昨夜、今までのことを隠すことなく岳は全て話してくれたのだ。

そのことを考えると幸せな想いに浸ると共に、何ともやるせない気持ちに至ってくる。
たった数週間で岳の人となりを知った気でいたが実は何もわかってはいなかった。
岳の苦しみや悲しみ、怒り……もちろん彼の告白を聞いたからといって桜葉の気持ちが変わることはない、でも……

そんな消えない傷を持った岳に対して、自分は一体何をしてあげられるのだろう。

(……院瀬見さんは……今日のパーティーが終わったら結婚の話しをちゃんと断るって言っていた。例えそれで会社を辞めることになったとしても…自分自身の気持ちはもう誤魔化せないんだと……)

何とも言えぬ感情は桜葉の視線を外層へと動かす。
その先には過ぎ去る景色が徐々に光色へと塗り替えられていくのがわかった。
瞬間、光色は容赦なく桜葉の視界を奪っていく。

(眩しい……)

既に大事な一日が始まろうとしている──その幕開けと共に桜葉の脳裏には、これからある行動を起こす自分の姿を思い浮かべていた。

今日、岳の家を朝早く出たのはパーティーの準備があるから。
しかし、それだけではなかった。
この足でいち早く、ある人物の元を訪ねたかったからでもある。


──その理由、それはある真実をその人物に確認するためだ。



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