ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


悶々とした想いを抱えつつ心のどこかで、彼女が失望したとしてもそれは仕方のないことだと予防線を張る情けない自分がいる。
そんなネガティブな考えは一滴垂らした墨のように岳の心をジワッと覆い広がっていくようだった。

「……はぁ…」

岳は浅い溜め息を静かに漏らす。

(…どちらにしても、こんな俺を受け入れてくれるかどうかは桜葉さんが決めること、だよな…。今まで何事にも不誠実だった俺がどうこう言える立場でもない──、それはわかっている、けど……)

それでも桜葉だけは手放したくない、身勝手だが彼女に受け入れてもらえたらと岳は微かな願いを胸に秘めているのだ。

(──そういえば……今日はまだ桜葉さんを見かけていないな。ホテルにはもうとっくに来て準備しているはずなのに。それに今日は一ノ瀬会長が動く日…)

「あっ! いたいたっ、岳っ」

廊下の端で考え込む岳を見つけ、上げた声と共に駆け寄ってきたのは神谷であった。

「お前こんな所にいたのかよっ。ご令嬢様のお相手はしなくていいのか?」

このパーティーの企画に携わった一人として、今日の神谷はあちこちと忙しそうに動き回っていた。
そんな息つく暇もない神谷は岳と同様、フォーマルなスーツに身を包み紺色の蝶ネクタイを首に纏う。
その姿は岳に劣らずイケメンっぷりが際立っている。

「あぁ、お嬢様は今別室で待機している。まだ開催時間まで時間もあるしな。
……それよりも神谷、お前この会場で桜葉さんを見かけなかったか?」

「桜葉ちゃん?
──ん〜…いや、今日は会社で少し話しをしただけでここではまだ見かけてないなぁ。千沙ちゃんと潮くんは厨房でもう準備に入ってたけどね……って言うかお前、いつから桜葉ちゃんのこと下の名前で呼ぶようになったのぉ?」

ニヤニヤした笑顔で何か言いたげな神谷を余所目に溜め息を吐きつつも、岳は桜葉の様子が気になって仕方がない。

「じゃあ、桜葉さんと会社で話した時……彼女の様子はどうだった? 俺のこと何か、言ってなかったか?」

「……岳のこと? いや、特に何も言ってなかったけど。
…それよりもなぜか久藤さんのことを聞かれたな。久藤さんはどこの課に所属してるのか…って。何でそんなこと聞くのかおかしいなとは思ったんだけどさ」

(……久藤のこと? どうして桜葉さんが彼のことを)

「──あ〜お前もしかして、桜葉ちゃんに何か言ったんじゃないのかぁ?」




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