ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


(何を言ってっ……見合いはしたが俺はまだ返事なんてしていないし、そもそも今の俺が薫子と婚約なんてするはずがない)

少しずつ岳の方へと歩み寄ってくる久遠に岳は否定的な言葉を浴びせる。

「なにか勘違いをされているのではないですか。…確かに見合いはしましたがまだ婚約などとは誰も──」

「いや心配しなくともそれはすぐ現実になりますよ。
あぁそうだ、いつも(そば)にいる食堂の()とは早く縁を切ったほうがいい…お嬢様が悲しみますので」

「っ…お前、どうして桜葉さんのことを」

岳の横を通り過ぎざま、耳元で呟いていった久藤の言葉に岳は即座に反応する。
桜葉のことを問いただそうと後ろを振り返ったが、既に久藤の姿はそのまま廊下の先へと行ってしまっていたのだ。
久藤の遠退く後ろ姿を目で追いながらも岳は暫しの間、自分の殻へと閉じこもってしまう。

(──…久藤のあの言葉は一体……いや、それよりも今はまず桜葉さんを探さないと……何か嫌な予感がする)

「おい岳っ、お前がさっき言っていた “今日起きること” って一体なんの事だ、……何か、起きたりするのか?」

近くで岳と久藤のやり取りを目にしていた神谷は、岳の発したその言葉が気になり神妙な面持ちで聞いてくる。

「あー…悪い、神谷にはこれからのこと全て話す。けど今は先に桜葉さんを探したいんだっ」

桜葉のことや突然の久藤の出現やらですっかり神谷の存在を忘れてしまっていたが、岳にとって神谷は唯一無二気の許せる相手──全ての真実を告げない訳がない。

切羽詰った様子の岳を前に、それ以上何も聞けなくなってしまった神谷は呆れ顔で小さな溜め息を吐く。

「はぁ…わかったよ。何がなんだかよくわからんが、とにかく今は桜葉ちゃんを見つければいいんだな?」

「ああ…頼む」

「そうとなればまぁまずは…接点のある千沙ちゃん達に話しを聞きに厨房へ行くしかないか」


── パーティーの開始時間まで残り四十分。

披露するメニュー調理をしている千沙と潮に桜葉のことを聞く為、岳と神谷は急いで厨房へと向かって行くのであった。




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