ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「ち、違いますっ! 決してわざと立ち聞きしていたわけではっ!
この先の人事部に用があって…そこを通りたくても通れない雰囲気だったので出て行きづらかっただけなんですっ。
……あの…それよりもそれ、どうして捨てようとしているんですか? 彼女の大切な気持ちがこもったものな─」

「気持ち悪い」

(は、はぁ? 気持ち悪い?)

「好きでもない女性からもらったものなんて、食べられたものじゃないでしょ?」

「え、いやでも、だからって……」

(だからって……そりゃ、院瀬見さんにしたらこういうことは慣れているのかもしれないけど……でも、自分の知らない所で勝手にゴミ箱に捨てられたらやっぱり悲しい。嫌ならその場でちゃんと返してあげた方がよっぽど誠実)

「それよりも鳴宮さん。
今見たことは他言無用にしてもらえたら俺としては助かるんだけど。会社では優しくて部下想いの上司っていう方が色々とやりやすいし。
……あー、その代償と言っては何だけど…今日の夜とかって空いてる? 女性に受けがいいホテルがあるんだけど、一日だけ君の好きなプレイで──」


バチィンッッ!!!


人を思いっきり叩いてしまったのは初めてだ。
余程のことでない限り滅多に怒ったことのない桜葉が今一番、制御できない自分の感情に驚いている。

目を見開いたまま頭が真っ白になった岳の頬は徐々に赤みを帯びていき「()っつ……」と声を上げ桜葉を呆然と見つめている。
また、叩いてしまった桜葉の手もジンジンと痺れ赤くなっている。

「最っ低です!
急にホ、ホテルとかって──誰もが院瀬見さんの思い通りになると思わないでくださいっ。
それにあなたは人の大切な想いとか一から学ぶべきです!……いくらイケメンでも仕事が出来てエリートでも、私から見たらあなたは最低な人です。
ムゥッ……で、では失礼しますっ!!」

完全に頭に血が上ってしまった桜葉は感情にまかせ、言いたいことだけ言って急いでその場を立ち去ろうとする。

(なんなのっ! なんなのっ?! 本当になんなの、あの人?
院瀬見さんがまさかあんな人だったなんて、王子は王子でもエセ王子じゃない!)

温厚な桜葉がなぜここまで腹を立てるのか。

それは桜葉の性格上、他の人よりも人への想いというものに感化されやすいからだ。
他人の気持ちを優先に考えてしまいその人の為に行動する、結果いつも自分のことは後回し。
桜葉にとってそれは長所でもあり短所──自分が損することのほうが多いのだ。

だから相手の大切な想いを考えようともしない身勝手な岳の行動に、思いの外腹が立ってしまったのだ。



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