ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
薫子は黒いシルクの生地とシースルーの生地が合わさったタイトなロングドレスを纏い、所々に散りばめられた小さなスパンコールが動くたびにキラキラと光出す。
黒い艶やかなロングの髪はアップにし華やかなスタイルにまとめられていた。
「そんなに急いでどちらにお出かけですか? まもなくパーティーが始まってしまいますよ」
「薫子さん……別室で休まれていたのでは」
「ええ…でも別室にずっと籠っているのも飽きてしまったのですわ。だからこうやってホテルの中を見て回っていたんです。
それより院瀬見さんもそろそろ私の相手をしてくださいません?」
今すぐにでも会社へ戻って桜葉を探しに行きたい岳から見れば、この薫子は何とも周りが見えていない自己中でマイペースなお嬢様なのだろうと考えてしまう。
(パーティー後に婚約を断る今の俺にとって、もうこの令嬢の相手をする必要もないし早く桜葉さんの元へ駆けつけたい──だが今、下手なことをして騒がれたりでもしたら一ノ瀬さんの計画が失敗に終わってしまうかもしれない…)
今この時どのような返事が最適なのか薫子への返答を渋っていた時、すぐ後ろにいた神谷がボソッと小声で呟いてきたのである。
「岳…お前はやっぱりこっちに残れ、お嬢様の機嫌でも損ねたら色々と面倒なことになりそうだ」
「けどっ…」
「誰だか知らないけど、桜葉ちゃんのことはその冠衣って人に任せろ。今は取り敢えずお嬢様の相手をしておいたほうがいい」
(……確かに、今はそのほうがいいのかもしれないが…)
「院瀬見さん、どうかされました?」
痺れを切らせたのか、薫子は更に岳からの返答を求めてくる。
桜葉のことが心配な岳はその想いを一旦押し殺し引き攣った笑顔でこう答えた。
「いえ、何でもありません。
……ではホテル内を少し案内させて頂きます」