ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「はい、もうすっかりっ。トメさんにも迷惑かけちゃってすみませんでした。…それであの……少しだけお時間をもらってもいいでしょうか?」
意を決してトメを訪ねてきたはずなのに、いざあのことを聞き出そうとすると変な汗が出てくる。
妙な緊張が身体を硬直させる。
「あ…あぁ、わしは構わんが……取り敢えずそんなとこいたらまた風邪っぴきになるから家に入んなさい」
「ありがとう、トメさん」
そう言って上がり込んだトメの部屋は、以前トメを助けた時にお邪魔した時のまま何も変わってはいなかった。
──居間にはこたつテーブルに座椅子、テレビに引きっぱなしの布団、それに……このボロアパートには似つかわしくない立派な仏壇が置いてあるだけ。
桜葉はその仏壇に飾ってある写真を立ったままジッと見つめている。
「そうだ、さよちゃんっ。
お茶と紅茶とコーヒー、どれが…」
「この仏壇の女性……トメさんの親族の方、ですか? 以前ここに入った時に見かけてからずっと気になっていて」
桜葉の唐突な質問に言葉を飲み込んでしまったトメは、そこから先の言葉を繋ぐことが暫し出来なかった。
そんなトメは今までの明るい彼とは程遠い……悲しい表情を浮かべている。
「── そ、れは…十五年前に亡くなった……わしの娘だ」
(……む、すめ、って言うことは、トメさんは──)
そうではないかとある程度は覚悟していた。
昨晩、岳から今までの経緯やトメが蓮見社長の義父であることを聞いた時、それに桜葉が小さい頃に見た、たった一枚の母の写真とこの仏壇の女性の写真。
その写真は二枚とも、同一人物の女性だったから──
「…トメさんは、もしかして私の………お、祖父さん、ですか?」
トメも覚悟を決めていた。
桜葉が自らここに訪ねてきた時から……桜葉の真っすぐ自分を見つめる瞳を見た時から、もしかしたらこうなるのではと感じていた。
「ああ、そうだよ。
わしはさよちゃんの実の祖父……このことは彼に聞いたわけではないよね。院瀬見くんにはその真実だけ話していなかったから──さよちゃんはいつからわしのことに気付いてたんじゃ?」