ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


丁度近くにゴミ箱があることに気が付いた岳は、歩きながら貰った名刺をビリビリに破りお菓子と共にゴミ箱へ捨てようとする。

(自分に自信のある女ほど男の肩書にすり寄ってくるものだな。……っていうか俺の周りには打算的な女しか──)

「待って! 院瀬見さんっ!」


誰もいないと思っていた。
いないことを確認して貰った物をゴミ箱へ捨てようとしたのに。

岳は突然声をかけられたことに驚き、捨てようとしている自分の手がそのままの状態で止まってしまった。

(人が、いたのか…?!)

慌てて声の聞こえた方へ振り向くと、給湯室から一人の女性が岳と同じように体が固まった状態でこちらを見ている。

(……あれは確か、昨日逢ったばかりの食堂の女──名前は…鳴宮 桜葉。
今のって、見られた、よな?)

「君は昨日の……確か鳴宮さんだった、よね?──立ち聞きとはあまり感心しないな」

「ち、違いますっ! 決してわざと立ち聞きしていたわけではっ!
この先の人事部に用があって…そこを通りたくても通れない雰囲気だったので出て行きづらかっただけなんですっ。
……あの…それよりもそれ、どうして捨てようとしているんですか? 彼女の大切な気持ちがこもったものな─」

「気持ち悪い。
好きでもない女性からもらったものなんて、食べられたものじゃないでしょ?」

「え、いやでも、だからって……」

(あぁ面倒くさい。
俺が貰ったもん俺がどうしようと勝手だろ。──でも…ここで変な噂を立てられても後々困ったことになる。
……どうせ女なんて打算的な生き物、この女だって同じだろ。なら、一夜のいい思い出でも作ってやればバラさないかもな)

「それよりも鳴宮さん。
今見たことは他言無用にしてもらえたら俺としては助かるんだけど。会社では優しくて部下想いの上司っていう方が色々とやりやすいし。
……あー、その代償と言っては何だけど…今日の夜とかって空いてる? 女性に受けがいいホテルがあるんだけど、一日だけ君の好きなプレイで──」

バチィンッッ!!!

一瞬、頭の思考が吹っ飛んだ。
頬に鋭い痛みが走ったと同時に桜葉の表情が目の奥に飛び込んでくる。
その表情は怒りに満ち溢れ、今まで岳が見たことのない女性の顔。

(…………本気で…怒った、のか?)




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