ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「最っ低です!
急にホ、ホテルとかって──誰もが院瀬見さんの思い通りになると思わないでくださいっ。
それにあなたは人の大切な想いとか一から学ぶべきです!……いくらイケメンでも仕事が出来てエリートでも、私から見たらあなたは最低な人です。
ムゥッ……で、では失礼しますっ!!」
初めてだった。
岳にとって初めての衝撃だったのだ。
今まで関わってきた女性とも違う──何とも言葉では言い表せないが……本気で岳を怒り叱って頬を叩いた女性は桜葉が初めてだった。
“彼女に嫌われたくない”
その場を立ち去る桜葉を見て咄嗟に頭に浮かぶ何とも女々しい言葉──だがその言葉が軸となり岳の体は勝手に動き始める。
「な、なんでしょうかっ?! 離してもらえませ…」
桜葉の言葉で我に返った岳は、いつの間にか桜葉の手首を強く握り思いっきり自分の方へ引き寄せてしまっていたことに気付く。
理由もわからない桜葉が更に怒るのも仕方のないこと──しかし、理由がわからなかったのは岳も同じだった。
(……え、何で俺、この娘の腕を?
別に、彼女が俺のことを何と思おうが関係ないじゃないか……)
そう思い直すも、何故か岳の口からは必死に弁明するような言葉しか出てこなくなっていた。
「悪いっ!
さっきは確かに最低なことを言った。──だからお詫びと言ってはなんだけど……君の働く食堂でこれから毎日一番高いランチを頼むようにする……その代わり今回のこと話さないでほしいんだ」
(あぁ……これじゃあ保身の為に言っているようじゃないか?!)
案の定、桜葉の怒りを更に買ってしまったようだ。
「そんな……よくわからないお詫びなんてやっていただかなくて結構ですっ。そもそも私は誰かに言う気なんて全くありませんから。それでは今度こそ、失礼しますっ!」
「鳴宮さ……」
これ以上、桜葉に何かを言ったらまた墓穴を掘ってしまうのではないかと一瞬躊躇するが、直ぐ様桜葉が振り返りトドメの一撃をさしてきたのである。
「あのっ!申し訳ありませんが、昨日の“優しい”と“ラッキー”っていう言葉、撤回させてください! で、ではっ!」
(優しい、ラッキー?……あぁ、確か昨日そんなことを言われたな──、って言うかあの娘…)
再度、その場を去る桜葉の後ろ姿を見つめる岳に沸々と笑いが込み上げてくる。
「ハッ……撤回って、真面目かよ」
(鳴宮 桜葉。
──昨日逢ったばかりの彼女に自然と笑みが溢れてしまうのは……これで何回目だ)
そんなことを考えていている内に、遠くから誰かが来るのを察知した岳は緩んだ口元を引き締め直す。
そして部署へ踵を返すと同時に、明日からのことが楽しみで仕方なくなってきたのだ。
(言われたことが悔しいからか?
……いや、何でこんなに必死になるのかはわからないけど、……とりあえず明日から毎日食堂に行ってみるか)
明日また桜葉に逢えると思うと、岳の口元は再び自然と緩み切っていったのである。