ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
3.気づきたくない恋心 *桜葉*
「あの~、社員食堂は皆さんが来るところなので、そのことについては何も言いませんが……私を指名するのはそろそろ止めて頂けると非常に助かるんですが。
私も一応、この時間は忙しい身なので」
この食堂で一番高い寿司定食をトレイに乗せ、岳の座る席まで運んできた桜葉は憮然とした態度で一言物申した。
しかし、その申された岳はどこか別の所に意識を集中させている。
桜葉がもう一度声を掛けた所でようやく我に戻った岳は、体を少しビクつかせながら彼女の方へと振り向いた。
「……どうか、しましたか?」
「あーいや、ごめん。何でもないよ」
「そう、ですか」
寿司定食をテーブルに置いた桜葉に岳は笑顔で手招きをし、「鳴海さん、座って」と向かいの席に座るよう促した。
一番高い寿司定食── 十貫の寿司と小鉢に入ったサラダ、それに味噌汁がついてお値段が千二百円。
高いと言っても社員食堂で出すランチ、たかが知れている。
けれど、ボリューム感も申し分ないこのランチを他で頼んだらきっともう少し高い値段がつくのかもしれない。
そんな寿司定食をこの一週間約束通り、院瀬見 岳は毎日食堂へ食べに来ている。
そればかりか桜葉を指名し、自分の座る席まで運ばせるというのが日課となってしまっていた。
チラッと周りを見やると女子社員達がこちらを見ながら何やらコソコソと内緒話をしている。
この、後ろ指をさされる感じにも少しは慣れたが、それでも毎日肩身の狭い思いをする桜葉は小さく溜め息を落としながら、岳の言う通り向かいの席に腰を下ろした。
この一週間、今のようなルーティンを桜葉達は繰り返しているのだ。
「そうは言っても、料理長にはちゃんと許可を取ってあるけど?」
(──あ、話しはちゃんと聞いてたのね)
何か他に問題でも?…とでも言いたそうな表情に桜葉は口を噤んでしまう。
(……料理長のことを言われると私が何も言えなくなるのを院瀬見さんは知っているんだ。……これはむしろ業務命令に近いってこと)
寿司定食は比較的求めやすいメニューではあるが、最近は様々な物価も上がり社員の財布の紐も簡単には開かない。
皆、更に安いメニューを頼むものだから、寿司定食を廃止しようかという話を料理長がしていた所に岳からの連日注文──それに加え桜葉を少しの間、借りてもいいかとの岳のお願いに料理長は断る理由もなく快く承諾したのだった。