ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
(──なっっ、?!)
その声の近さに桜葉の顔は赤くなり、咄嗟に耳を押さえ後退りする。
しかし、そんなことには気を止めず岳は真剣な表情を浮かべ今度は桜葉の隣に移動してくる。
(え?! な、なんで隣に移動してくるんですかぁ)
「い、院瀬見さんっ、ち、近いです! 他の皆さんも見ているので」
「そんなことより鳴宮さん」
(そ、そんなことよりって…)
「もしかして何か……本当に困ってることがあるんじゃないのか? 俺で良ければ話してくれないか」
近距離で見つめてくる岳の眼差しに、桜葉はパっと視線を外す。
今度は嫌な視線のみならずあちこちから刺さってくる視線さえも痛くなってくる。
所々で「え、あの二人って──」「嘘〜、絶対違うって〜」……など小声で噂する言葉が耳に流れてきた。
(……そ、そうだ、もし院瀬見さん絡みだったら私、とんだとばっちりじゃない? だったらちゃんと院瀬見さんには視線のことだけでも言っておいた方が良いのでは。
……でも、怒って嫌がらせしてくる院瀬見さんが私の話しなんて、ちゃんと聞いてくれるものなのかな)
少し迷いを見せた桜葉たったが、意を決して岳に話してみることにした。
だが今のこのような状態では流石に話しにくい。
「あの、ここではちょっと話しづらいです。──また今度、違う場所で……」
「あっ、じゃあ今日の就業後にご飯でも食べに行かない? その時に話しを聞くから」
「え、今日?……でも」
「あ、そうか……いやいや気にしないで! この間みたいにやましい気持ちなんて一つもないから、純粋に相談を受けたいだけだから」
「あ、はい、それはいいんですが……」
「そうだ、鳴宮さんは俺よりも早く上がるんだったよね?……う〜ん、どうしようか」
「あ、私…だったら会社の向かいのカフェにでもいることが、できますけど……でも」
「そう?! じゃあ十八時ぐらいにそっちへ行くようにする」
「…は、はい…?」
半ば強引に押し切られてしまった桜葉が半分疑問符のついた返答をした途端、岳の表情にはみるみるうちに優しい笑顔が溢れていった。
(……あ、あれ? 院瀬見さん…怒って、いないの、かな?
なんか、大人らしいクールな表情だったり優しかったり、急に酷いこと言ったり柔らかい表情を見せたり──院瀬見さんって一体どんな人なのか、いまいちよくわからない)
まさかランチ時、こんな急展開な話しになるとは全く思っていなかった桜葉は溜め息を吐きながらも、とりあえず夕飯の時に昨日叩いてしまったことをちゃんと謝ろうと心に決めたのであった。