ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
部署を出てエレベーターへと乗り込んた岳は一階に着くまでの間、悶々とした感情に突き動かされていた。
壁に寄りかかり腕組みをしながら苦い表情を浮かべる。
この一週間、自分が取った行動を思い返していたら自然とそんな顔になってしまったのだ。
今までするはずのなかったあり得ない自分の行動やモヤモヤとした気持ち──岳の頭の中ではなぜ自分がそのような行動を取ったのか全く整理がついていない。
(どうして……こんなにも彼女のことが気になって仕方ないんだ?
毎日逢いたくて話したくて、彼女の為に何かしてやりたくて──気持ちを抑えるよりも先に行動してしまうなんて、相当キモいぞ俺。
……けど、こんな気持ちになる女性と逢ったのは初めてで──目が離せなくなる。
鳴宮 桜葉……別に至って普通過ぎる女性なんだけどな)
エレベーターを降り、すぐ近くにあるカフェ “久留里” に向かった岳は、窓際の席に座っている桜葉の姿が目に入る。
小説だろうか──彼女はアイスコーヒーらしきものを飲みながら本を読んでいた。
桜葉を見た途端、何故だか岳の胸はギュッと何かに掴まれたように苦しくなり、自分の鼓動が激しく波打つように速くなっていく。
(……もしかして俺…は…彼女の、こと──)
“お嬢様とのお見合い、謹んでお受け致します”
まるで自分の気持ちを否定しろと言わんばかりの言霊が岳の頭の中に重くのし掛かってくる。
同時に自身の足が重石にでもなったかのように一瞬動かなくなってしまったのだ。
(──…わかってる。今更、恋や好きだなんて感情は邪魔なだけ……わかってる。鳴宮さんは別に、そんなんじゃない)
自分にそう言い聞かせ暗示をかけることで己の足が再度一歩、歩み出していく。
外から窓をコンコン…と叩くと、こちらに気付いた桜葉が何故だか申し訳なさそうに岳を見て軽く会釈する。
そして慌てて荷物をまとめカフェから出てきた桜葉は「お、お疲れ様ですっ」と一言。
そんな辿々しい彼女を見るとまた自然と笑みが溢れてきてしまう。
(あの時、俺の頬を叩いて一喝した女性と目の前にいる女性が同一人物だとは、到底思えないな……)
「鳴宮さんもお疲れ様。結構待たせちゃってごめん。本当はちゃんとしたレストランを予約したかったんだけど、ちょっと時間がなくて……近くに知ってる居酒屋があるんだけど、そこでもいい?」
「あ、はい! 私はあの、どこでも大丈夫です」
岳は小柄な桜葉の歩幅に合わせ並んで歩くと、二人はそのまま居酒屋へと向かって行ったのである。