ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





“カフェ久留里” から十分ほど歩いた所に二人が目指す居酒屋はあった。

雑居ビルの一階にその居酒屋は位置しており、中へ入るとガヤガヤと賑やかな大衆居酒屋というよりかは少し洒落た雰囲気を持つお店。
一つ一つが個室となっておりプライベートな空間も確保された造りとなっている。


お酒の弱い桜葉はカシスソーダー、岳は赤ワインを、更に各々(おのおの)気になった料理を二品ずつ頼みそれが全て運ばれてきた頃、桜葉は今までの事を全て岳に話し終えた後だった。
そして桜葉から聞いた内容を岳は頭の中で整理する。

一見表情も変えず淡々と聞いていたように見えるが、実際岳の心中は穏やかではない。
桜葉を困らせるまだ見ぬその相手に怒りが沸々と湧き上がっているのだ。

「──じゃあ、今週に入ってから変な視線を感じると……それもランチ時の社員食堂内と帰りの時に。
ちなみに今まで何か、そのー…トラブルみたいなことはなかったかな?」

向かい側に座る岳の食い入るような視線に少し気後れする桜葉だったが、やや気まずそうに話しを切り出してきた。

「トラブル、というのは今まで特になかったんですが……その、あえて言うのならば先日、院瀬見さんのことを叩いて暴言を吐いてしまった、ことでしょうか……と言いますか、私まだ院瀬見さんにちゃんと謝っていませんでしたっ。
先日は叩いてしまって本当にすみませんっ!!
仮にも社員の方に手を上げてしまうだなんて……院瀬見さんが怒るのも当然です」

「……ん? あ~いや、あれは俺の方が先に酷いことを言ってしまったわけだし、鳴宮さんが怒るのも当然のことだと言うか。だから俺は全然怒っていないし気にしないで」

一ミリも考えていなかった桜葉の突然の謝罪に岳は少し驚いた様子を見せるが、真面目で実直な彼女の性格がまた少し垣間見えて逆に心がホッと温かくなる。

しかし、様々な桜葉の表情や仕草を見つけてしまうともっと違う彼女も見てみたい、という更なる欲求が増してしまうのは岳にとって辛い所だ。

まさかそんなことを岳が考えているとはつゆ知らず、桜葉の顔は対象的にポカンと呆気にとられたような表情を浮かべていた。



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