ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「……へぇー…あ〜……うんっ、なんか趣きのあるアパートだね。素朴な鳴宮さんにぴったり」
「それって…私、褒められて、ます?」
「え!? も、もちろんっ!」
あまりのボロアパートっぷりは岳の予想を遥かに越えていた。
(まさか若い女性が一人でこんなアパートに住んでいるとは…驚きだ)
そう思いながらも自分なりに気の利いた言葉を咄嗟に言ったつもりだったが、かえって彼女の心を落とす結果になってしまったのだろうか。
どうも桜葉を前にするといつも冷静に分析、対応をこなす岳の調子が狂ってしまうようだ。
しかし、岳の焦りに反して桜葉の表情は笑顔だ──笑いを堪えきれず、また吹き出してしまうという意外な反応。
「お、送ってもらったのにまた笑ったりしてごめんなさいっ……じょ、冗談です。
…すみません、院瀬見さんの反応が以前とまるで違くて……そのギャップがすごく新鮮で。
──あっ、もし良かったら上がってお茶でも如何ですか?」
「…………えっ?! い、いや、何言ってるのっ。そ、そんな、女性の一人暮らしの家に男を簡単に上げたら…だ、だめでしょっ!?」
突然降り掛かった桜葉からのお誘いの言葉に、いい歳して動揺してしまう岳。
こんな純情そうなことを言ってはいるが、今まで誘われた女性の家にはホイホイと何も考えず上がりこみ関係を持ってしまうことなんてザラにあった。
──なのに、今の岳はものすごく動揺し桜葉の家に入ることを拒んでいる。
「…え……あ、いえ、ち、違いますよ! そんな意味で言ったんじゃ──だって院瀬見さんはそういうんじゃなくて……お、お兄さん的な存在、と言いますか、私の中、では」
“お兄さん的存在”
その言葉に、つい今しがたまで高ぶっていた気持ちがストンと落ちていくように感じた。
“お兄さん的…存在”
復唱する度に気持ちは更に暗くなっていく。
桜葉のその無邪気で警戒心のなさが可愛いと思う反面、男が勘違いするような小悪魔的な言動を吐く危うさもある。