ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「あ~、とにかくどんな理由でも簡単に男を家に入れないこと。
じゃ、俺はこれで帰るけどちゃんと鍵はかけてね」

「はいっ、あの、今日は送って頂いて本当にありがとうございます」

「いや、気にしないで。…じゃあまた、来週会社で」

桜葉からの感謝の言葉を胸に、岳は来た道を戻ろうとアパートに背を向ける。
──が一瞬、視線の端で何やら揺れる人影らしきものが写り込んだのだ。
眉をひそめながらその気配を感じた岳は一旦歩みを止め暫し何かを考え込むと「……そういえば──」と、再び桜葉の方へと振り返った。

「どうかしましたか?」

「いや、鳴宮さんって……作業服のような、そんな服を着た知り合いって…いたりする?」

「?……いいえ、いないと思いますけど」

「そう……あっ、ほら俺のことはもういいから鳴宮さんは早く家に入って」

「は、はぃ!」

質問の意図がわからないまま桜葉は再度頭を下げると慌てて二階を駆け上がり、岳の言う通り自分の部屋へと帰って行った。
桜葉が入ったのを見届けると先程まで優しかった岳の表情が一変し、険しい顔つきへと変貌していく。
そして、ジャケットの裏ポケットへ手を伸ばした岳はスマホを取り出しある所へと電話をかける。

「──あぁ、冠衣(かむい)さん。
すみません、至急調べてほしいことがあるんですが……えぇわかってます、言い値で払いますから大至急に。──え? 今日は機嫌が悪いのかって?
…………そうですね。
無性に腹立たしい気分ですね」

何とも言えない怒りの感情が溜まりに溜まって身体中のあちこちから噴き出そうになっている。

冠衣なる人物と電話を切った後、岳の視線は桜葉のアパートへと向けられた。

(少し…危険かもしれないけれどちゃんと守るから──鳴宮さん)





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