ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
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週明けの水曜日。
ランチ時の食堂はなんと言っても目が回るほどの忙しさ。
調理して盛り付けて運んで皿を洗って拭く、そしてまた調理して──それを繰り返し続けて約二時間、全体的にやっと落ち着きを取り戻した頃、桜葉の肩の力もフッと抜けてくるもの。
それに今週に入ってから、桜葉にとっても久しぶりにちゃんと働いたという充実感に満ちていた。
その理由はただ一つ ── 月曜からもう三日、岳が食堂に現れていないからだ。
(…確かに指名はしないでとお願いしたけれど……別に食堂に来るなとは、言ってないんだけどな)
ただ、岳が来なくなったからといって妙な視線というものが消えた訳ではない。
働いている最中も桜葉にその視線は突き刺さってくる。
まぁ桜葉自身、このまま岳と接することもなくなれば妙な視線もそのうち消えるだろうと、あまり深くは考えていなかった。
のんびりした田舎で生まれ育ち、近所の誰もが知り合いであった桜葉にとって、少しばかり警戒心というものが欠如していたのかもしれない。
「あ、鳴宮さんっ!
良かったわ〜、まだいてくれてっ。帰り際に申し訳ないんだけど、確か鳴宮さんって丸神線を使っていたわよね?」
仕事も無事に終わり控室で帰り支度をしていたところ、料理長の滝田さんが桜葉を見つけ声をかけてきたのである。
「あ、はい、使っていますが…」
「東岡咲駅って鳴宮さん通るかしら?」
「東岡咲駅なら最寄り駅より一つ前の駅ですけど……何かあったんですか?」
「そうなのよぉ〜! 鳴宮さん、申し訳ないんだけどそこの駅にあるハスミ系列のレストランにこの食材を届けてほしいのよぉ。
急遽、今夜出す料理にそれが必要になったみたいでね。たまたまうちにその食材があったから届けるつもりでいたんだけど、私これから打ち合わせに行かなきゃいけなくなって……この後もし、何か予定とかなければ代わりに届けてほしいんだけど……どうかしら?」
「わかりました。特に予定もないので届けてきますね」
「良かった、助かるわ〜。じゃあこの紙にレストランの住所と名前が書いてあるから、頼むわねっ!」