ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
料理長は紙袋と住所の書かれた紙切れを渡すと打ち合わせに遅れそうなのか、「じゃあよろしくっ」とだけ言い残し控え室を出て行ってしまった。
残された桜葉は渡されたその紙袋の中を覗いてみると、“ビーツ” という野菜が十個ほど入っている。
これがなかなか重い。
今、社員食堂では期間限定メニューとして彩りにビーツを散らしたサラダを販売中── 身体に気を使う女性達から人気を博しているメニューの一つだ。
そして、二つに折られた紙切れ。
「……えーっとレストランは…“ル・ミラヴール”、住所は…あ、結構最寄り駅から近い」
紙切れに書かれた住所をスマホの地図アプリで確認し大体の場所を把握した桜葉は、直ぐ様会社を後にし急いで電車に乗り込んだ。
(ル・ミラヴール……って、知らなかったけれどハスミ不動産はレストラン事業まで手を広げてたんだ)
桜葉が今の社員食堂に勤め初めてまだ半年──社員でもないし直接仕事に関わっているわけでもないから当然と言うべきなのか、ハスミ不動産のことは大手の不動産企業とだけの認識しかなかったのだ。
(雰囲気良さそうなレストランだったら今度、千沙さんと潮くんを誘って行ってみようかしら)
そんなことを考えているうちに電車はある駅へと到着する。
──“向ケ丘駅〜、向ケ丘駅に到着です”
ドア際に立ちボーと自分の思考に耽っていた桜葉の視界には大きな駅のプラットホームが飛び込んできた。
見覚えのあるその駅は、初めて岳と出逢った場所。
(そう言えばこの駅……院瀬見さんの住んでいる町だったんだよね。
この間はわざわざ遠い私の駅まで送ってくれて…院瀬見さんって私が思っていたよりも悪い人じゃなかったなぁ。
それに何だか慌てたりすごい心配してくれたり、耳が赤くなったり──クスッ)
先日の岳の態度を思い出すと、やはりどこか可笑しくてつい口元が緩んでしまう。
(見た目とまた少しギャップがあって……なかなかに掴めない人だった。
──それに…田舎から出て来て以来かも。
その人のことをもっと知りたいなって思ったのは。
でも……あれから食堂には来てないし、やっぱり私のことはからかっていただけだったのかな?)
桜葉はドア際に寄っかかりながら小さな溜め息を漏らす。
(いざ知りたいって思っても男の人って…やっぱり何考えているのかわからない。
──あの時も……先生の気持ちもよくわからなくなっちゃった。結局私は……あそこから逃げることしかできなかったし)
つい昔の記憶を辿ってしまっていた桜葉の耳には電車の発車する音楽が流れてくる。
そして向ケ丘駅を出発する電車。
窓から射し込むオレンジ色の輝く夕日──
そんな綺麗な夕日を眺めていると田舎の情景と重なって見えてしまい、自然と思い出したくない過去までもが蘇ってきてしまう。
桜葉はそんな過去を頭から追い出そうと、一旦外の景色から目を外し自分の足元へと視線を落としていった。