ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
*
十七時四十分──
レストラン “ル・ミラヴール” に着いたのは今から約一時間前。
ただ渡して帰るだけのおつかいのようなものだったのに、なぜかここの料理長に試食を頼まれ気づいたらこんな時間になっていた。
ようやく料理長からも開放されレストランの外へと出た桜葉は、暗くなりかけている空に向かって大きく背伸びする。
そして、再度レストランの方へと振り返った。
「ふぅ……。試食は美味しくて楽しかったけれど、もうこんな時間か。
──でもこのレストラン、外観も内装もすごく素敵だったなぁ。やっぱり今度、千沙さん達を誘って来てみようか、し……ん?」
駅へと歩みだそうとしていた時、ある一人の女性が桜葉の視界に入ってきた。
彼女はレストランの方をジッと見つめ、悲しそうな…恨めしそうな表情を浮かべ佇んでいる。
その女性は五十代前後……と言っても、遠目から見ても綺麗な人だとわかるぐらい目を引く容姿。
もしかしたらもっと若いのかもしれない。
色白で目鼻立ちがはっきりしており髪は肩までのストレート。
足元にはサンダル、洋服はパジャマに長めのショールを肩にかけている。
容姿と身につけているものにギャップを感じ、何故だか桜葉は彼女から目を離せなくなっていた。
(あの人……なぜパジャマなんか──)
妙に彼女のことが気になり、声をかけようかどうしようか悩んでいる内にその女性は止まっていたタクシーに乗り込むと、あっという間にその場を立ち去ってしまったのである。
「大丈夫かな、どこか具合が悪いとかじゃなければいいんだけど。
……けど、あの人の顔──どこかで見たこと…ううん、じゃなくて誰かに似ているような気が」
──と、思ったのも束の間、きっと気のせいだと即座に自分の思考を否定する。
上京してまだ一年、この大都会で自分に関わり合いのある人物なんてほんの数十人……その中でも親しい人は極わずか、誰かに似ていると考えるほど桜葉にはまだ知り合いが少ないのだ。
(私の気のせい、だね。
──それより、家まで一駅分だし……ダイエットも兼ねてこのままもう歩いて帰っちゃおうかな)
今から最寄り駅に戻って一駅分乗って帰るよりも、このまま真っ直ぐ歩いて帰ったほうが意外と効率的なのかもしれないと桜葉は思い直した。
料理長からの頼みごとも無事に終え、気が少し楽になった桜葉はそのまま駅方面には向かわず、地図アプリを頼りにアパートまで歩いて帰り始めたのだった。