ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





「──それで今の所、彼女への接触はまだないんですね?」

『あぁ。でもまぁ、昨日、一昨日と違って今日は少し寄り道があってな。
“ラ・ミラヴール”っていう小洒落たレストランに寄った後、今は歩いて自宅に帰っている所だ』

ラ・ミラヴール ──
その名を聞いた途端、岳の眉がピクリと動いたように見えた。

(……なぜ、彼女が()()レストランに? 何か用事でもあったのか)

『ん?どうかしたか、院瀬見?』

電話先にいる冠衣(かむい)の問い掛けによって我に戻された岳は即座に応答する。

「いえ、何でもないです。それより今はどの辺りにいるんです?」

(冠衣さんに弱味を見せるとつけ込まれて、更に依頼料を上乗せさせられそうだ)

そんな電話相手の冠衣 禅寺(かむい ぜんじ)という男、仏にでも仕えていそうな名前ではあるが実は大のお金好き。
法律に触れること以外は金次第で何でも受けるという私立探偵を生業にしている。

年齢は三十五、体を鍛えているからかその成果が現れた己の筋肉マッチョが彼の自慢らしい。
それに大柄で無精髭を生やし短髪。
ちなみに柔道の有段者だ。
岳と冠衣はある事がきっかけで知り合いとなり、それ以来友人もしくは他人の間を行ったり来たりする妙な関係。

『えーっと……今ちょうど最寄り駅の前を通り過ぎた所だ。結局歩いて四十分もかかったんだぞ〜、彼女意外と体力あるのな。
まぁいつもより遅くはなったけど、あいつがいる気配は今の所…──あ〜、ん?
ちょっとまて……』

「どうしましたっ?」

電話の向こうで暫し無言に徹する冠衣。
岳の耳にはただただ駅前の雑音だけが流れてくる。
──と、突然、緊張感を伴った冠衣の声が雑音に混ざり聞こえ始めてきた。

『あ〜、やっぱりストーカー君、今日も駅で待ち伏せしてたようだ。
彼女の姿を見つけて今、少し離れながら後をつけてる……まぁ、どうせ今日もただ見てるだけなんじゃないかぁ?』

「──いや、たぶん今日辺り接触してきますよ。
一つタネを蒔いておいたから……接触してもらわないと困る」

(じゃないと、見ているだけのストーカーでは捕まえられないからな)





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