ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
その言葉、口調はいつもの穏やかな声とは違っていた。
鋭く尖ったナイフのように危険な匂いを漂わせる岳の雰囲気が電話先の冠衣にもすぐに伝わってきた。
『おぉ〜怖っ。院瀬見、お前何か仕掛けたんか?』
「まぁ…ちょっと。
それより俺も今そっちに向かってるので、彼女から絶対目を離さないでくれませんか──頼みます、冠衣さん」
今度は先程とは違い、愛しさによる心配と苦しさ、もどかしさが混ざったような複雑な声で懇願する岳。
こんなしおらしい態度の岳を感じたのは冠衣にとって初めてのこと。
いつも当たり障りのない優しさを振りまき本心は別のところにある、何とも掴めない男だがどこか憎めない男でもあった。
そんな岳から垣間見えた揺れ動く感情──経験豊富な人生を歩んできた冠衣の頭がピンッと一気に冴え渡る。
『鳴宮 桜葉、か──あんたにとってどんな子なんだろうなぁ〜。……まぁ、ただの知り合いにここまでするとは思えないが』
岳を少し挑発するような含みのある言い方は、電話越しからでもニヤニヤと笑っている冠衣の姿が容易に想像つく。
「……別に、ただの知り合いです。
そんなことより、変な勘ぐりなんかして見失わないでくださいよ」
『わかってるって〜。んじゃ、とりあえず今は彼女の家に向かっているところだからよろしく〜、院瀬見くん』
そこで電話が一方的にプツリと切れた。
同時に岳の運転する車内にはツーツーと電話の切れた音だけが響き渡る。
明日朝一に少し離れた場所での会議があり、直接社用車で向かうことになっている岳。
偶然とはいえ今日、車で帰れたことに少し安堵した気持ちになる。
車なら電車よりも早く桜葉のアパートに駆けつけられるからだ。
(…けど…冠衣さんは相変わらず感の鋭い人だ。人の弱味を嗅ぎつけるのが得意だなんてこの職業、あの人の天職みたいなもんだな。
……しかし、)
“あんたにとってどんな子なんだろうなぁ〜”
先程の冠衣の言葉が重く岳の心に引っかかってくる。
(俺にとって鳴宮さんは……)
その先を考えようとすると胸が締め付けられる。
考えるな、考えるなと──そして認めろ、認めてしまえ……との真逆の囁きが頭に響いてくる。
しかし、今はそんな感情をとにかく自分の中から追い出そうと岳は頭を横に振ることで運転に集中しようとした。
そしていち早く桜葉の元へ向かわなければと、アクセルを踏む足元に自然と力をこめてしまうのだった。