ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


(……も、もしかして誰かと間違えているんじゃ? ……あ、いや違う、さっき私の名前、呼んでた……ど、どうしよう……なにを言えば……え、これってかなりヤバい、んじゃ──)

桜葉の思考が混乱し焦れば焦る程、呼吸が荒くなっていく。
得体の知れない男に恐怖を感じ本能的に後ずさりする桜葉。
しかし、まるでそれに合わせるかのように忠彦が一歩一歩と階段を踏みしめながらゆっくりと上がってこようとする。

「しょうがないなぁ~さよちゃんは。……じゃあ、僕とさよちゃんの愛の軌跡をゆっくりと話してあげるねぇ。
──あれはね、僕とさよちゃんが初めて逢ったのはねぇ、一カ月前、僕が社員食堂のバイト募集で面接に行った時なんだ。緊張していた僕をさよちゃんが優しい天使の笑顔で(ほぐ)してくれたじゃないか」

(…… い、一カ月前? た、しかに食堂の募集で何人か採用したけれど……私が、この人を──?)

思い出せないほどの月日が経っているわけではない、桜葉は頭の中で面接があった日の記憶をフル回転で呼び起こしていく。
──と、その中である一つの記憶に辿り着いた桜葉は思わず「あ…」と声を漏らしてしまった。

「あの時、の…面接、者、さん?」

「そう! そうだよっ!! あ~、思い出してくれたんだね~嬉しいなぁ」


それは約一カ月前のちょっとしたやり取り──

食堂スタッフが何人か辞めてしまったこともあり料理長が急遽バイトの募集をかけることになったのだ。
その募集に対して有難いことに複数名の応募希望者から連絡があり、後日面接を行った。
もちろんまだまだ下っ端の桜葉がその面接に加わることはなかった、のだが……

廊下に用意した椅子に座って待機している次の面接者の前をたまたま通り過ぎようとしていた時のことだ。
桜葉の足元に突然、一本のペットボトルがコロコロと転がってきたのである──

「あ、す、すみま、せん…」

転がってきたペットボトルを拾い直接その面接者に手渡した桜葉は、受け取る彼の手が小刻みに震えていることに気付く。
きっと緊張しているのだと察し、椅子に座る彼の目線に合わせようと腰を落とし桜葉は優しく声をかけた。

「面接ってすごい緊張しますよねっ。
私もここで面接を受けた時は口から心臓が飛び出ちゃうんじゃないかと思うぐらいでしたっ。
……でも、大丈夫ですよ。面接する方は厳しいけれどとても愛情のある方なので、あなたの良さはちゃんとわかってくれると思います。
面接、頑張ってくださいね」

「は……は、い」




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