ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


──────……


「結局僕は採用されなくて、さよちゃんと同じ職場で働くこともできなくなっちゃった。
……でも僕は、ハスミ不動産近くの工事現場で働きながら昼はさよちゃんの食堂にずっと通ってたんだよぉ。
そんな僕に君はいつも笑顔で笑いかけてくれたじゃないかぁ~、あぁ、これはきっとさよちゃんも僕と同じ気持ちに違いないと確信したんだ。……いつの間にか僕達は両想いになってたんだ、ってことはもう彼氏彼女ってことでしょう?」

(な、なんで? どういう理屈なの? どうしたらそこに辿り着くの?!)

一歩一歩とジリジリ近づいてくる忠彦、気付くと桜葉のいる踊り場まであと二段という所まで来ていた。

「それからはさぁ、毎日食堂で秘密のデートをして、帰りは桜葉ちゃんが無事に家へ着くまで僕がずっと見届けていたんだよ──
なのにっ!!
何なんだよあの男はっ!!
僕と言う彼氏がいるというのにあの男はさよちゃんにベタベタしやがって!
それにさよちゃんもさよちゃんだっ、何であそこを急に辞めちゃったんだよぉ~。食堂は僕との唯一のデート場所だったのに……」

(や、辞めるって何のこと? この人が何言ってるのか全然わからない……と、とにかく今は早くこの場を逃げな──)

踊り場に辿り着いた忠彦は今まさに逃げ出そうとしている桜葉の両肩を強く掴みだした。

「キャッ! や、止めてください!……わ、私はあなたの彼女でもないし、そもそもあなたのこと憶えていなかった。それに院瀬見さんは別にベタベタなんて」

「うるさい……うるさいっ、うるさいっっ!!
あんな男のことを口にするな、聞きたくない!
さよちゃんはさぁ僕の彼女でしょ?! 僕だけのものなんでしょおぉぉおぉおっー!!」

「ちょ、嫌、は、離して──」

強い力で掴む忠彦の腕を必死に振り払おうとしたその瞬間、桜葉の身体がフワッと宙に浮いた。

掴む忠彦の手が一瞬弱まりかけた途端、腕を振り解こうとした遠心力で桜葉の身体は彼の手をすり抜け、空中へと放り出されてしまったのである。

(──……え……う、そ……おち、るっ…)

まるでスローモーションかのように自分の身体が軽く浮いたかと思えば、次の瞬間容赦なく重力によって下へ引っ張られていく。
視線の先には慌てた忠彦が桜葉の手を掴もうとしたがもう間に合わない。
きっと、こんな石段で頭を強く打ちつけでもしたら命の保証なんてないのだろう。

(あぁ……わたし、こんなところで、しんじゃうの……)

何でも良いから近くのものを掴もうと必死にもがいてみたが、そんな都合よく何かがあるはずもない。
桜葉は悔しいながらも自分ではどうしようもできないこの運命に身を委ねるしかなかった。
まるで覚悟でも決めたかのようにギュッと強く歯を噛み締める──




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