ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
怒りを内に秘めながら岳は忠彦のほうへと近づいて行く。
「離せぇっっー! おいお前、さよちゃんには近づくなって言ってるだろーがぁ!!」
踊り場で暴れ暴言を吐く忠彦の耳元に近寄った岳は、何やらボソボソと囁きかけている。
── するとどうしたことか……
見る見るうちに忠彦の顔が青ざめていき突然、手のひらを返したように大人しくなっていったのだ。
その二人の様子を間近で見ていた冠衣はハッと鼻で笑いながら岳に問いかける。
「院瀬見、お前……一体こいつに何を言ったんだ?」
「別に何も。……ただ、世の中の厳しさを少し教えたまでです」
「お前の教えは本当に厳しいからなっ! お〜、怖ぇ怖ぇ~」
「それよりもその男の後始末、頼んでもいいですか? 俺は怖い思いをした彼女を家まで送っていきたいので」
「そりゃあ構わねぇけど……やっぱお前にとってあのさよちゃんって子、相当大事な子なんだなっ。よぉ〜くわかったよ。
──けどさ、大事な子が出来ると……お前の場合マジで後が辛ぇーぞ」
「それはご忠告どうも。あ、あと」
「何だよ! まだ何かあるのかよぉ~」
「気安く鳴宮さんのこと、さよちゃんと呼ばないようにお願いします」
まるで牽制するかのような岳の言葉に驚きを隠せない冠衣だったが、すぐに「へいへい」と笑いを堪えながら捉えた忠彦を連れその場を去ろうとした、──が……
「あ、あの、少しだけ…いいでしょうかっ?」
突如として桜葉が冠衣を呼び止め、項垂れる忠彦の前まで近寄ってきたのだ。
そして次の瞬間、勢いよく自分の頭を下げだした桜葉。
「ごめんなさいっ。
私の態度であなたを誤解させてしまったこと謝ります、ごめんなさい。……けど、やっぱりこういうやり方は間違っていると思うんです。
だからもし、次にあなたが誰かを好きになったその時は相手の方に自分の気持ちを真っすぐ伝えてあげてください。
……お願い、します。
あ、それと──」
今度は忠彦の後ろにいる冠衣のほうへと向き直った。
「院瀬見さんのお友達の方にまでご迷惑をおかけしてすみませんでした……それと、助けて頂いてありがとうございますっ」
「え……あ〜いやいや、こういうことは俺、慣れてるから平気、平気っ! 鳴宮さんもあまり気にしないで」
まさか自分にまでお礼の言葉を貰えるとは思ってなかった冠衣は、少し顔を赤らめながらポリポリと頭を掻いている。
それに、怖いながらもきちんと忠彦と向き合い自分の気持ちを伝えたことが吉と出たのか、忠彦が……「ご、ごめん、さ、よちゃん」と一言、謝ってきてくれたのだった。
その言葉を最後に忠彦は冠衣と共に桜葉達の元を去って行ったのである。
桜葉達のそのやり取りを踊り場から見ていた岳の口角は優しく上がっていく。
「──鳴宮さん送るよ。帰ろうか?」
桜葉の元まで降りていった岳は彼女の肩に優しく手を置きながらゆっくりと階段を上り、その先にあるアパートまで送って行った。
──しかし、そのやり取りを物陰に身を潜めジッと見つめる人物が一人。
その人物は苦々しい表情を浮かべながら、「チッ…!」と舌打ちしその場を離れていったのだった。