ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
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「ごめんなさいっ!」
アパートの前で思いっきり頭を下げると桜葉は岳に向かって謝った。
「……あの…嫌な視線のこと、院瀬見さんが原因だなんて自分勝手なこと言ってしまって……本当にごめんなさいっ」
(人のせいにして、まさか自分が原因だったなんて──恥ずかし過ぎて本当、顔上げられないっ)
「いや……俺の方こそ怖い思いさせて、ごめん」
「そ、そんな! 院瀬見さんには危ない所を助けられましたし、それに私はもう、本当、あの…だ、大丈夫ですから、気にしな──」
その先の言葉を思わず飲み込んでしまった。
いや、驚き過ぎて声も出ないというのが本当のところか。
大丈夫と言いながらもまだ小刻みに震え続けていた桜葉の手を、岳がそっと優しく握ってきたのだった。
「……い、いせみ、さん?」
岳は握った桜葉の手を自分の頬に当て、色気漂う妖しい視線で桜葉のことをジッと見つめてくる。
「ほら……まだこんなに震えてる」
岳の触るその手の温もり、熱い視線は桜葉の震えと恐怖心を静めていってくれるようだった。
しかしそれとは真逆に桜葉の心臓は熱く苦しくなり、胸の高鳴りに乗じて一気に顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
「…ごめん。
せめて鳴宮さんの震えが収まるまで──少しの間だけでも、抱きしめて…いい」
「……えっ、あ、あの…」
気持ちを抑え切れなかったのか返答を待たずして岳は、握った自分の手をそのまま彼女の背中へと辿らせていく。
小柄な桜葉はあっという間に岳の腕の中へと呑み込まれていってしまった。
(……え、これは一体……今ど、どんな状況?! ……どう解釈したら────)
振りほどけないわけでもないのに、岳の腕の中はその抗う力をも吸い取ってしまうようだった。
(──── あ……、でも…
院瀬見さんの体温がとても温かくて……何だか安心、する……すごく心地よい、感じ)
ドクトクドクッ──
耳元では岳の鼓動が荒く波打ってくるように聞こえる。
まるで桜葉の心臓とリンクしているみたいだ。
「……少しは震え、収まってきたようだね」
「─────…………あっ?!
は、はい、何から何まで、ご迷惑をおかけしますっ!」
「いえいえ」
あまりの包容力で身体を預け過ぎてしまった桜葉は岳の掛け声で慌てて我に返る。
瞬間、少し緩まった岳の胸元からモゾモゾと這い出た彼女の表情は全く――照れが隠せていない。
何とも緩みっぱなしの表情、そんな状態のまま岳の顔なんてまともに見れるわけない。
その上、緊張して言葉を早口で発してしまう始末。
「あ、そ、そう言えば、あの男性がさっき言っていたことなんですが、私が食堂を辞めるとか何とかって。全く意味がわからなかったんですが……」
「そうなの? 悪いけど俺もその意味はわからないな。……きっと彼も頭が混乱してたんじゃないかな?
あまり鳴宮さんが気にすることでもないと思うよ」
優しい笑顔で諭す岳の言葉は何よりも今の桜葉に安堵感を与えてくれる。
「そう、ですよね」
だから、
岳の言葉を桜葉は疑いもなく素直に信じたのだった──
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※ストーカーの目星をつけた詳細は、特別編①【近寄る距離ー目星ー】にて掲載しています。
“近寄る距離” の章を読み終わった後に是非どうぞ٩(ˊᗜˋ*)و