ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
最寄り駅から乗り込んだ満員電車に揺られながら桜葉はふと、上京した時のことが頭をよぎった──
──────……
『いよいよさよちゃんも東京へ行っちゃうのかぁー、寂しくなるなぁ』
上京する日、近所のおじいちゃんおばあちゃん── 総勢十人ほどが私の見送りに来てくれた。
『皆さん、どうか弟達や母のこと宜しくお願いします』
『任せておきなって。私達だって桜葉ちゃんにはたくさん助けられてきたからね』
その言葉と別れに涙が溢れそうになりながらも桜葉は近所の人達に深々とお辞儀をした。
そして振り返った桜葉の後ろで不機嫌な表情を浮かべる、当時高校二年生だった弟の弦気に言い聞かせたのだ。
『いい、弦気。
父さんと私がいない間、今日からあんたがあっちゃんと母さんの面倒をみるのよ』
『わ、わかってるよ、そんなこと! 姉ちゃんは心配し過ぎなんだ』
高校へ上がり少し生意気になってきた弦気は目も合わせずにそう言い返してきた。
『桜葉ちゃんごめんね。…あなたには色々と我慢させちゃってるわね……』
『そんなことないよ、お義母さん。
今日だって皆が見送りに来てくれて私はすっごい幸せ者だよ。
それに本音を言うと──新しい土地で働くのが今から楽しみで仕方ないの』
心配させまいとそんな強がりを言っていたあの時からもう一年……最初の頃は都会に馴染めず泣いていた時もあった。
── そんな昔の思い出に浸る彼女は、鳴宮 桜葉、現在二十三歳。
桜葉には下に高校生の弟と小学五年生の妹、それに病気がちの母親がいる。
と言っても、弟と妹とは半分しか血が繋がっていない。
桜葉がまだ小さい頃、父親は今の母親と再婚しその後、弟と妹が生まれた。
桜葉は本当の母親を知らない──いや、正確には逢ったことはないが顔だけは知っている、小さい頃に父親が隠し持っていた一枚の写真を偶然見つけたことがあったのだ。
その写真にはまだ赤ん坊の桜葉と父親……それに若い女性が一緒に写っていた。
けれど、父親にその女性のことを聞いても寂しそうな顔しか浮かべないことに段々と罪悪感が生まれ、これは聞いてはいけないことなんだと、新しい母が来たのをきっかけに桜葉は一切聞くのをやめた。
そして、そんな父親はまた違う場所へと出稼ぎに行っていて今は不在という……少し、いやかなり金銭的に余裕のない家庭に生まれ育ったのだ。
田舎は働く場所も少なければ賃金も安い──だから、ここよりもっと良い所で働く為、桜葉は上京する決心を一ヶ月前に決めた。