ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
まだまだ学費のかかる弟や妹の為に少しでも家計の手助けをしようと、地元の飲食店のバイトを辞めもっと時給の良い都会へと上京──
元々料理は学生の頃から家でやっていたしバイトもしていたから、上京したての頃は居酒屋などの調理バイトをしながら仕送りをしていた。
けれど半年前、更にお給料の良いハスミの社員食堂バイトに運良く採用され現在に至っている。
(村の皆、元気……あぁー……ダメだ。
田舎のことを思い出すと…あの人のことも頭に浮かんできちゃう。
先生と幸せだった時のこと──辛かった時のことを……)
────
『さよちゃん。やっぱりどうしても行くのか?』
『…はい、先生もお元気で』
『……あ。あのさ…俺、あの時はどうかして──やっぱり俺、間違って』
『せ、先生っ!
……えっと、あの…、水樹のこと、幸せにしてあげてください。
私はいつも…これからもそう、願っていますから』
『──さよちゃ…』
『さよぉ〜〜! 良かった、間に合ったぁ〜。……あれ? 康太先生もさよのこと見送りに来たんですかぁ?』
『あ…あぁ、偶然、知って』
『ふぅ〜ん……そっかぁ』
『水樹。先生と幸せにねっ』
『──あ…うん、もちろん! 結婚式には絶対戻ってきてよね〜さよ!』
『うん』────
車窓から流れる景色を見つめながらどうにも消せない記憶を一旦振り払おうと、下に視線を落とした矢先のこと──
トン……
突然、つり革を持つ桜葉の背中に誰かがもたれ掛かってきたのを感じた。
そして、そのもたれ掛かる重量は徐々に桜葉の背中を圧迫してくる。
(え、な、何? …なんか段々と密着してくるような気が……)
こんな女子力のない格好で自意識過剰だと言われるかもしれないが、新手の痴漢だったらどうしようかと、ジットリとした汗がつり革を持つ手に滲み渡ってくる。
「……き、気持ち、悪……」
そんな危惧する想いとは裏腹に、もたれ掛かる人物から今にも消え失せそうな女性の声が聞こえてきた。
そのか細い声に反応した桜葉は慌てて後ろを振り向く。
後ろにいたのは桜葉と同じぐらいの年齢の若い女性で、青ざめた顔で下を向きハンカチで口元を押さえている。
よくよく見ると彼女の持つ鞄には妊婦マークのキーホルダーがゆらゆらと揺れ動いていた。
(もしかして妊婦さんっ?!)
「だ、大丈夫ですか!? …あの、もうすぐ駅に止まりますからっ」