ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
今乗っている電車は快速電車だが、幸いにも次に止まる駅へと近づきつつありブレーキもかかり始めている。
少しすると電車は完全に止まり、その駅で降りる乗客達が流れるように出口へと押し寄せてきたのだ。
桜葉と彼女もその流れに揉まれながら何とかホームのベンチまで辿り着くことができた。
すぐに彼女をベンチへと座らせるも顔色の悪さはなかなか回復しない。
それどころか更に悪化しているようにも見える。
チラッと彼女のお腹を見ただけでは妊婦だとわからない──おそらくまだ妊娠初期の段階なのだろう。
もしこのままお腹の赤ちゃんに何かあったらと思うと……桜葉は気ばかり焦ってしまう。
「だ、大丈夫ですか? ── あの、誰か…誰か駅員さんを呼んでもらえませんか!?」
こんな青ざめた彼女を一人置いていくことなんてできない、けれども早く救護しなければ──焦った桜葉は、少しばかり恥ずかしさを滲ませるような声で行き交う人々に援助を申し出た。
……しかし皆、遅刻するのが嫌なのか、それとも面倒なことに関り合いたくないからなのかチラチラとこちらを見ては通り過ぎるだけで、その足が一向にこちらへ向くことはなかったのだ。
上京してきて一番に感じたこと、それは他人への無関心さが強いという現実。
一部なのかもしれないがそんな現実を今、目の当たりにしている桜葉の心には徐々に“嫌気” というものが蝕んでいくよう……
──だったのだが次の瞬間、桜葉のそんな負の感情が少し薄れていくような事が起こったのだ。
「そこの自販機で買ってきたものなので、もし良かったらこれ飲んでください。あと、駅員さんも先程呼んだのですぐ来ると思います」
突然の優しい言葉と共に、座り込んでいた桜葉の目の前に出された一本のペットボトル。
(──あ…助かった…これで彼女にお水を飲ませてあげられる。助けてくれた人にお礼言わなきゃ……)
ペットボトルを受け取りながら、その男性にお礼を言おうと顔を上げた瞬間、自分の視線に写る相手を見て桜葉はギョッとたじろんでしまう。
「い、院瀬見王子っ!?」
── と同時に、その男性のあだ名がつい桜葉の口から出てしまったのである。