ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
俺の頭の中は今、昔の記憶や今までのドス黒い感情、鳴宮さんへの想い──様々な感情が入り混じってグチャグチャだ。
心が重く……そして苦しくて抜け出せない。
──でも、
今までの鎧を全て脱ぎ捨て彼女に真っ直ぐ向き合えたのなら……それはどんなに幸せなことだろうか……
「…神谷……俺は──」
ピコンッ──
そう、俺は胸の奥に仕舞い込んだ何かを言いかけようとした。
しかし運悪く、その先の言葉はスマホの通知音によって喉の奥へと飲み込まれてしまったのだ。
そして外へ吐き出せなかったその言葉が俺にとって、後に後悔するようなことになろうとは、今はまだ思いもしていなかったのである。
(…俺は今、何を言おうとした…?)
自問自答をしながらも鞄からスマホを取り出した俺は、通知内容を確認した瞬間愕然とした。
たった今、溶けかけようとしていた怒りやドス黒い感情の蓄積が再び噴き上がってしまったのだ。
そして同時に、過剰なほどの荒い呼吸が襲ってくる。
(あいつはっ、どこまで俺達をバカにしたら気が済むんだっ!)
あきらかにいつもと様子の違う俺に気づいた神谷が心配そうに話しかけてくる。
「…岳、大丈夫か? どうかしたのか」
怒りに満ち苦痛の表情を浮かべながらも黙ってスマホを神谷に手渡す。
神谷は岳に送られてきたそのメールを口に出して読み始めた。
「えっと…── “社長より御伝言です。明日のお見合い場所と時間をお知らせ致します。
十一時、東京都港区──二ー四ー○ ル・ミラヴールというお店にてお待ちしております。秘書課 安堂” ……ってお前、蓮見令嬢との見合いって明日だったのか?!」
「…あぁ……でも、それよりも…その、場所」
「場所って、ル・ミラヴール?
…東京都港区…二の四 ── って、あれ、ここってもしかして…」
「ああ……そこは──」
どこにも持っていきようのないこの憎しみや怒りを、強く握った拳に思いっきり込める──それこそ、皮膚に爪が食い込むほどに。
「そこは…俺の父の店だった場所だっ」