ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
目の前に立つ長身の男性は、高級そうな細身のスーツをスマートに着こなし、まるで雑誌のモデルが現実に飛び出てきたような感覚に陥ってしまうほどの恵まれた体型をしていた。
少し伸びた黒髪は斜めに分け全体を軽く後ろへ流している。
切れ長二重の目元はクールな印象──全体的に整った顔立ちは世間でいう超絶イケメンと言った感じだろうか。
横を通りすぎる通行人の中には、彼のことをチラチラと見つめる女性が何人も見受けられた。
(──や、私、何を大きな声で…本人も知らないあだ名を叫んでるの!?)
思いの外、大きな声でその男性のあだ名を呼んでしまった桜葉は、慌てて自分の口を両手で塞ぐが、時すでに遅し──男性は桜葉のことをジッと見つめてきたのだ。
「とりあえず……今は早く彼女に水を」
その男性は突拍子もない桜葉の言葉に少し驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻しペットボトルの存在を再度促した。
「す、すみません!
あの、ありがとうございますっ」
持っていたペットボトルを急いで妊婦さんに手渡すと、彼女はその水を少しずつ飲んでくれたようで桜葉はホッと小さく息を吐いた。
しばらくすると外の空気を吸ったことによる解放感も相まってか、徐々に彼女の気分も落ち着きを取り戻しているように見える。
(良かった、彼女の体調も少しは良くなってきたみたい)
そう思った矢先、桜葉の視線の先にはちょうどこちら目掛けて走ってくる女性駅員の姿が目に写り込んだ。
「はぁ~…駅員さんが来てくれたから、もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう、ございます。ご迷惑おかけして……」
「いえいえ、私は何も…狼狽えるばかりで」
駅員の姿を見てホッと胸を撫でおろしたのも束の間── 先程つい口走ってしまったあの言葉の代償が桜葉の身に降り掛かってきたのだ。
「──君、ハスミ不動産の社員?」
男性からの突然のその問い掛けに桜葉はドキッと心臓が跳ね上がった。
「あ、いえ…さっきは変なこと口走ってしまってすみません! あの…私は社員ではなくて社員食堂で働いているアルバイトでして」
「食堂の? あー…ごめん、食堂の人達って皆同じ格好にマスクをしているから、料理長ぐらいしかあまりわからなくて…」