ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする



昨日、最終通告として神谷は岳の過ちを止めようとしてくれていた。


「──確かにさ、今までのお前やご両親の気持ちを考えたら、そう簡単に長年の憎しみを消すことは難しいのかもしれない。
……けど、もう十分じゃないのか? こんな見合いなんて無視しちゃえよ」

きっとこの時、怒りに満ち溢れた感情を払拭できさえすれば岳もまた、後に戻ることが出来たかのかもしれない。
けれども、社長秘書から送られてきたあのメールによって再び昔の記憶に囚われ始めてしまった今の岳には親友の言葉さえも心に響いてこなかった。

──もし、この会話があと数分早ければ状況もまた変わっていたのかもしれない。


「……そうだな。きっと神谷の言っていることのほうが正論だ。確かに俺がやろうとしていることは馬鹿げていることなのかもしれない」

「じゃあ早く断りの電話を…」

「でもっ、だからといって今更辞めるわけにはいかないんだよっ。
あいつらが俺達家族にしたことは今この瞬間も忘れちゃいない。
だからずっと、この為だけに俺は生きてきたんだよ……今更…辞められるわけ、ない…」

何の苛立ちなのか──岳は強い口調で神谷の言葉を遮る。
そんな自己犠牲過ぎる考えに呆れたのか、神谷は大きな溜め息をこれ見よがしに漏らしてくる。

「わかったよ。岳が決めたことなら俺はもう何も言わない。──けど、蓮見令嬢と結婚しても自分の気持ちを偽ったままだと、それが溜まりに溜まっていつかは爆発しちまうぞ。
そう……例えば、桜葉ちゃんへの断ち切れない想い、とかさ」

「──そんな想いなんて…いつかは忘れて風化する」

咄嗟に口から出た偽りの言葉。
本当は桜葉のことを忘れられる自信なんて岳にはないのだ。
初めて自分から本気で惚れた女性、言わば初恋のようなもの。
初恋は忘れられないと言うが、こんな歳になってからの初恋なんて尚更忘れられないだろう──


──『岳も俺と母さんみたいに、大きくなったら心からちゃんと愛せるような相手を見つけろよっ』


(…え、……父、さん?)


ふと、今まで忘れていた父親との記憶がストンと自分の頭の中へと落ちてくる感覚に岳は見舞われた──




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