ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
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「ちょっとあなた、岳はまだ七歳なんですから変なこと言わないでくださいよ」
記憶の中で突然響いてきた聞き覚えのある声。
いるはずもない記憶の声に反応した岳は急いで後ろを振り返る。
その視線の先には、幻なのか……入院して今や弱ってしまっている母親とは別人の──溌剌と元気だった頃の若かりし母親が岳に笑顔を向けながら立っていた。
──ここは二十年前の店の玄関先……父と母、そして岳がまだ幸せだった頃の記憶。
── 二十年前
「なに言ってるんだっ、歳なんて関係ないさ。愛情はいつだって生きていく上で大切なものだろ?」
「それは……まぁ、そうですけどね」
コックコートを身に纏う父と、給仕用の白いワイシャツとタイトの黒スカートを履く母。
あの頃の二人はとても仲睦まじく、この店を盛り立てようと日々仕事に精進していた。
そして今ではフランス料理店として人気のある “ル・ミラヴール” だが、当時はイタリア料理店として父が料理を振る舞い、母は縁の下の力持ちのような存在としてウェイトレスを担っていたのである。
そんな忙しい毎日を送っていた両親は家に一人で居させるのは心配だからと、岳少年が学校から帰る時は決まって家ではなくこの店に真っ直ぐ帰るよう伝えていた。
だからなのか岳少年にとってこの店は、家以上に思い出のある場所となっていたのだ。
そしてあの日も──
岳少年はいつも通り学校から直接この店へと向かい「ただいまっ!」との掛け声と同時に店のドアを強く開けようとしたのだ、──が。
「いい加減にしてくれっ!!」
瞬間、ドアノブを握る手がビクッと震える。
その声は滅多に聞いたことのない父の怒鳴り声だった。
「ここは売らないと何度言えばわかるんだっ!
さっさと帰ってくれっ!」
子供ながらにもその異様な空気感に何かマズイことになっているのでは、と曖昧にも悟ることができた。
岳少年は見たことのない父親の姿に少しばかり恐怖心を感じたのか、身体が固まって動けない。
──が、何とか目だけはキョロキョロと動くことができたので、上目がちにチラッとその様子を見張ったのだ。
すると店の中には父、母以外に見知らぬ三人の大人達がそこには立っていた。